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今月の1冊

2009年08月11日

『死にゆく子どもを救え 途上国医療現場の日記』

著者:吉岡秀人 ; 出版社:冨山房インターナショナル ; 発行年月:2009年7月 ; ISBN:9784902385748 ; 本体価格:1,300円(税込 1,365 円)
書籍詳細

「あなたは本気で生きているか?」
そう問われて、100%の自信をもって「はい」と答えられる人はどのくらいいるだろうか。少なくとも私は、「はい」とは答えられない。
本気で生きるとは、生半可なことではない。先日、TBSテレビで放送された『情熱大陸』(毎日放送制作)で登場した、ミャンマーで人生を賭けて奮闘する小児外科医 吉岡秀人さん(http://www.mbs.jp/jounetsu/2009/07_26.shtml)の姿を見て、そう強く感じるとともに、本気で生きているなどと到底言うことなどできず、自分の甘ったれた生き方に深く反省した。
今回は、その吉岡医師の著書を取り上げたい。
吉岡秀人さんは、小児外科医として、15年間ミャンマーで医療活動を続けている。普通の医者と違うところは、ミャンマーという地で活動していることだけではない。小児外科医とはいえ、給料は受け取らず、手術費用は寄付金で、生活費は自己負担でまかなっているという。1995年に縁もないミャンマーに飛び込み、不十分な環境の中で、現地の子どもたちのさまざまな病気や怪我を救う活動をしている。


5年前には、国際医療ボランティア組織「ジャパンハート」を創り、「医療の届かないところに医療を届ける」というコンセプトのもとに、その組織を通じて、ミャンマーを中心にアジアの途上国での医療活動、日本国内の僻地・離島などでの医療事業を行っている。
本書は、吉岡医師の日々の壮絶な活動や思いを綴ったものである。
現在は、ミャンマー中部のサガインの病院で活動をしている。病院とはいえ、日本人が想像するような病院ではなく、イタリアで働くミャンマー人医師が訪問した際に、首都ヤンゴンの外資系病院と比較をして「向こうは天国、こちらは地獄」とまで言われたような環境だそうだ。『情熱大陸』で放送された映像を見ても、にごった水や予期せぬ停電など、日本人から見たら病院とは名ばかりの環境である。とはいえ、その環境の中で、吉岡医師は、1ヶ月に100件の手術をこなし、これまでに1万を越える生命を救ってきたという。うわさを聞き、遠く離れた場所から何日もかけて、最後の望みをかけて、この病院にやってくる患者も多いそうだ。
十分な環境もなく、限られた医療機材・施設、突然の停電や断水、日本では当たり前のことが当たり前にならない現実の中で、命と向き合うことの重さ、過酷さ。それでも、ただ前を向き、目の前にいる小さな命を救うために、自分のできうることを投入し、すべてを賭ける。言葉で表現することさえおこがましく感じるほどの“本気”なのである。
本書では、吉岡医師の生き方があらゆる場面、ひとつひとつの言葉に、投影されている。

「きょうやるべきことを何もしないで、今の自分の壁をこえられるはずがない。きょうを努力した人が明日新しい道を、さらなる可能性の道を進んでいける」

「中途半端にやるならば、本気の人たちとの間に軋轢が生まれる。多くの人たちは何かを成せば、すぐに成果を称えてほしいようだが、私は自分の幼い子どもさえ、あまりほめない。成果は自分に対して誇るもので、他人に対して見せつけたり、誇ったりするものではない。」

「目の前の仕事に同化するほどに、没入を繰り返すこと」(天職を発見する方法を問われたときの答え)

「未来のためにといって、今を犠牲にしない。」

「本当の喜びだけを知ることはできない。本当の喜びは、本当の悲しみと対になっている。高い尾根は深い谷があってこそ存在する。」

これまで数え切れないほどの場面に遭遇し、多くの人と出会い、さまざまな経験をしてきただろうが、その時々で、吉岡医師はどう感じたのだろうか、そして、こういう思いに至った背景は何なのだろうか、翻って自分は日々どう生きているのか、ひとつひとつに常に自問しながら読み進めた。
これまで、さまざまな、悩み、苦しみ、怒り、失望などがあり、割り切れない思いや、途方も無い空しさ、自分や医療の無力さなど、私には想像を絶するさまざま葛藤があったに違いない。そして、いまこのときも、戦い続けているに違いない。それなのに、吉岡医師は、ここでの活動は、自分の幸せと直結しているから長続きするという。そして、その活動によって人が喜んでいる姿を見ると、自分の存在価値を再認識し、そのたくさんの自己認識を重ねて自分の存在価値を作っている、ともいう。本気で生きている吉岡医師だからこそ、そして、吉岡医師にしか言えない深く重い言葉である。
吉岡さんが医者になったのは、大学受験の浪人中に、突然思いだしたという。不幸な境遇の人たちのために何かをしたい、という衝動が自分の中に沸き起こったからだという。文系でしかも全科目偏差値が三十台だったという成績にもかかわらず、その衝動に突き動かされ、自分の可能性を信じ、二浪して大分大学医学部に入学したそうだ。何かを成すためにまず必要なのは「意志」を持つことである、と本書でも言っているが、まさに意志の力によって、医師への道を自ら切り開いたのである。
そして、自らこれまで経験してきた、小児科、外科、産婦人科が、いまの活動に繋がり、さらに天職の道へと繋がっているのを感じるという。また、世の中には偶然はなく、どんなことがおこっても自分の蒔いた種だともいい、他方では、二年で正しいことが、十年というスパンでみたら正しいとは限らない、ともいっている。自らが選択したことに没入することによって、自分自身の人生を作り、生きている姿がここにある。
そんな、吉岡医師の姿を見れば見るほど、自分の生き方が恥ずかしくなってくる。悪い事がおこっても人や環境のせいにすることはいけない、と頭でわかっていても、いざ、何かがおこると、自分以外に原因を求め、言い訳をし、自己保身をしてしまう醜い自分や、何かができたときに、賞賛や見返りを求めている小さな自分がいる。私自身の生き方を恥ずかしく思いながらも、「自分の可能性をつぶすのは、環境ではなく自分自身である」という、覚悟ある生き方を全うしている吉岡医師の姿を映し出している本書に出会えたことを、いまとても感謝している。
私の稚拙な文章のせいで、吉岡医師の強さと優しさを十分にお伝えすることができないことが、とても歯がゆい。ぜひ、本書を手にとって、吉岡医師の生き様を感じてほしい。
(井草真喜子)

死にゆく子どもを救え 途上国医療現場の日記』(冨山房インターナショナル)

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