KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2010年01月12日

“朝”のもつ力を感じて

 新しい年が始まりました。
 皆さんはどんな新年のスタートをお迎えになったでしょうか。私はと言えば、元日と言えども惰眠を貪り気がつくと日が昇っている例年から、今年は一念発起し初日の出を拝むことができました。それも、我が家のマンション屋上から…。幸運にも周りをさえぎるものがなく、10階という高さから見る日の出は、地平線より姿を覗かせたかと思うと刻々と全景を見せ大地を照らし始め、その光景はどこか神秘的で力強いものでした。そしてまた、朝日の強い光に反射してオレンジ色に光る建物のガラスがキラキラと輝き、なんとも美しかったです。旅先の海辺で見る朝日も、山上から見る朝日もそれはそれで素晴らしいものですが、自宅のドアを開けた数秒でこんなに綺麗な日の出を見ることができるとは…新年早々とっておきの場所を見つけることができたような嬉しい2010年の幕開けとなりました。
 私の好きな詩集に『あさ/朝』(谷川俊太郎/文 吉村和敏/写真)があります。言葉の魔術師とも言われる谷川俊太郎さんの“朝”にちなんだ詩と、プリンス・エドワード島をはじめとしたカナダの美しい自然のなかの“朝”を映し出した吉村和敏さんの写真の数々。


右からページをめくると詩集に、左からめくると絵本になっているという斬新な作りであるとともに、写真集としての価値もあり、大人から子どもまで楽しむことができます。同じ詩を何度読んでも、同じ写真を何度見ても、本を開くたびに新たな味わい深さを感じることのできる1冊――この本に出会った時、えも言われぬ嬉しさを感じたのは言うまでもありません。日々誰もが見ている景色や感じていることに新たな息吹を注ぎ一行一行に優しさが込められた詩、朝日の光線までもが映し出され木々の葉一枚一枚にまで魂が描き出されているような写真の数々…作品が素晴らしいこともさることながら、それらをさらに引き立てているのは、“朝”を題材にしているからでしょうか。
 本書のあとがきのなかで、吉村さんはこのように記しています。

「朝にはただ美しいだけではない、不思議な力が隠されているような気がしています。
澄み切った大気の中で、地上のすべての生命が光の恵みとともに再生していく姿を見つめていると、たまらない愛おしさで心が満たされていくのです。同時に、昨晩まで感じていた心の悩みや戸惑いがフッと消え去り、今日も一日頑張って生きてみようという活力のようなものが漲ってきます。」

 私がこの本に出会ったのは昨年のことです。
 自分自身のなかでいろいろな事が複雑に絡み、普段であれば簡単に解決できるような事でさえも、勝手に大ごとのようにとらえてしまい、小さな心のひっかかりがいくつにも重なっていた時でした。傍目にはそう見えていなくとも、自分の力ではどうすることもできないように思い込み、すべての事を投げ出してしまいたくなっていた時でした。表紙の写真を見ているだけでもその美しさに癒され、幼い頃から慣れ親しんだ谷川俊太郎さんの詩ということで、迷うことなく購入した本です。
 「どんなことも時が解決してくれる」とはよく言ったもの。今となってみれば、昨年のあの頃、自分は何にあんなに悩み独り苦しんでいたのだろうと、今から思うと赤面したくなるようなちっぽけなものなのですが、渦中にあるときにはどんなこともマイナスに考え、落ち込んでしまうものです。その時、この本のページをめくると、気持ちが落ち着き、自分がどんな状態にあろうが、いつでもやってくる“朝”に、そしてその持つ力にハッとするほどに気づかせてくれたのでした。前の日にどんなに嫌なことがあり悩みや心配事があっても、一晩過ぎ、朝が来るとまた新たな気持ちになるから不思議です。晴れていて、朝日が昇ってくるところを見ることができた日などはなおさらのこと。朝日を見ながら、また今日も新しい1日が始まる、気分を入れ換えて頑張ろうと力が漲ってくるから、朝の持つ力は偉大です。
 今年も新しい朝は何度となくやってきます。あなたにもわたしにも、世界中のどこにいても、どんな状態にあっても同じように。
 当たり前のことだけれども、この当たり前のことに感謝し、昨日とはまた違う少し成長した自分に出会うことを楽しみにしながら…朝のもつ偉大な力を感じつつ、今年もたくさんの朝日を浴びていきたいと思います。
 そして、繰り返されることが当然と、その素晴らしさを見過ごしてしまっていたなか、大切なものとして改めて気づかせてくれた私の悩みやもがきにも今は感謝しています。自分のなかの葛藤も決して悪いものではなく、今までの凝り固まった古いものと新しいものが喧嘩をするがごとく、何か新しいことに気づき、新しい自分に出会うときには不可欠なものではないかと感じます。
 最後に、本書のなかで私の好きな詩の一節を。

繰り返すものはどうしていつまでも美しいのだろう
朝の光もあなたの微笑みも
いま聞こえているヘンデルも……
一度きりのものはあっという間に古びてしまうのに

 谷川俊太郎「朝の光」より
 今年も朝のもつ力を身体全体で感じ、たくさんの素敵な“朝”をお迎えください!
(保谷 範子)

あさ/朝』谷川俊太郎/詩、吉村和敏/写真、アリス館、2004年、ISBN: 9784752002772
「写真家・吉村和敏のブログ」 http://kaz-yoshimura.cocolog-nifty.com/blog/

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