KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2010年05月11日

『アウト・オン・ア・リム』

著者:シャーリー・マクレーン ; 訳:山川 紘矢、亜希子 ; 出版社:角川書店(角川文庫) ; 発行年月:1999年4月 ; ISBN:9784042798019 ; 本体価格:838円(税込 800円)
書籍詳細

映画『愛と追憶の日々』(1983)でアカデミー賞主演女優賞を受賞したシャーリー・マクレーンが、40代のはじめに精神世界への目覚めを体験したプロセスをつづった一冊です。
1983年に発刊されるとアメリカ国外でも話題になり、86年に日本語訳はベストセラーとなって、のちのいわゆる「精神世界」ブームの発端となったのだそうです。
私自身は、自分の目で見たり耳で聞いたり手で触れないと納得しない現実主義者なので、こういった分野の話には、正直どこかうさん臭さをぬぐいきれません。そんな私がこの本を読んでみようと思ったきっかけは、ここ1年間に、(私には)見えないものが見え、聞こえないメッセージが聞こえる、という人たちが身近に急に増えたためです。


新たに知り合った人たちだけでなく、以前からの知り合いが「実は私ね・・・」ということもありました。
これまであまりにも縁のなかったタイプの人たちなので、正直、どう対応してよいのか困る場面もあったのですが、レイキ(霊気)だとかチャネリングだとかグランディングだとか意味のわからない専門用語(?)をいたって普通に話す彼らの様子を観察しているうちに、「そもそもこの人たちが話している世界は一体なんなんだろう?」と知りたくなり、この本を薦められました。
興味はあるけれども、やはりどうも信じていない私に、この本をおすすめされた理由は、この著者もどちらかというと精神世界に懐疑的なスタンスで接していた点です。周囲に現れた人々、起こった出来事だけでなく、自分の抱える問題や、自分が何をどう考え、どう行動したかを、疑問や混乱の感情も含めて丁寧に記録していて、それらが一人称で書かれているので、説明や解説書ではなく、小説のように読みやすいつくりになっていました。
冒頭は、主人公であるシャーリー・マクレーン本人の恋愛から描かれますが、この恋愛には大きな問題があります。そのため、彼女は常に悩みを抱え、悩み考えることと並行して、さまざまな人たちに出逢い、次々と導かれるように未知の体験をし、最後に「真理」を見つけます。
しかし、その体験というのが、輪廻転生、デジャヴ、霊媒師、精霊、UFO、宇宙人、体外遊離・・・ざっと挙げただけでも、当時のファンやマスコミから、怪しい人だと思われたり、ただのオカルト好きと片付けられてしまう不安はなかったのかしらとよけいな心配をしてしまうほど、さまざまな出来事が詳細に書かれています。
正直、私はここに書かれている体験のすべてを納得・理解はしていません。しかしこの本がいちオカルト本や超常現象本として片付けられてしまうことなく、25年以上経った今も知られ、読まれている理由には、メインテーマである「自分自身を知る」、そして「人生の目的を知る」が、よく考えると精神世界に限らない、そしていまもなお多くの人が抱えているテーマであるためだと思います。
25年間くらいでは、人の悩みはそうそう変わらないとも思えますが、同じ25年間での生活や社会の大きな変化を考えると、あまりにも変わっていないように見えます。
それどころか、このテーマは、この本が書かれた25年前よりももっと以前から、多くの人が抱き続けている普遍的なものなのかもしれません。
自分を知るとはどういうことなのでしょうか。著者は「この世に現実などはほんとうは存在しない」と冒頭で言い切ります。
「世界のありようは、私たちがそれをどうとらえるかという認識の問題であり、同じように自分の人生も、自分がどのように世界を見るかによって決まる」
「自分こそが人生の実現者である」
「自分こそが自分の先生なのであって、他人ではない」
「あなた自身が神なのだから、他を崇拝する必要はない」
これらの結論は、柔軟な思考と探求心、そして行動の末に導かれています。本人が「自分自身への旅」と呼ぶ旅は、どこそこに行くといいことが起こるとか、願いが叶うといった単純な旅ではありません。タイトルの『アウト・オン・ア・リム(Out on a Limb)』とは「木の上の果実(真理)を得るためには、“危険を冒して”枝の先まで行かなければならない」と訳され、実際、主人公は身体的にも精神的にも数々の挑戦をします。
決して内向的ではなく、常に外、社会に対して開いていて、著者はのちに政治活動にも参加し、女性の意識向上、生活向上に努めたのだそうです。
いたずらに不安をあおるのでなく、安易なハッピーを紹介するでもなく、自分の体験と考えを丁寧に説明し、けれどそれを相手に決して押しつけない。
そして主人公の姿勢は常に素直で、描く未来の世界は明るい。
著者のメッセージが明確に打ち出されているので、極端に言うと、精神世界のすべてに納得していなくても、ファンタジー小説として楽しんでも良いような一冊でした。
ちなみに、私の手元にある文庫本は、巻頭に「日本の読者の皆様へ」という前書きがあります。この方、相当な親日家だそうで、娘さんの名前を、日本語で「祝福」を意味する「サチ(幸)」と名づけたのだそうです。
(今井朋子)

アウト・オン・ア・リム』(角川文庫)

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