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今月の1冊

2010年10月12日

『再び始めるBCL 2009』

出版社:三才ブックス ; 発行年月:2009年3月 ; ISBN:9784861991851 ; 本体価格:1,429円(税込価格1,500円)
書籍詳細

 今、ラジオが熱い。
今年の3月から実用化試験中の『radiko.jp』は、ラジオ放送がパソコンで聴けるという利便性が話題となり、今や週間延べ聴取者数が300万人を超える人気となっている。
 4月には、大阪の『FM COCOLO』が、45歳以上のリスナーを対象としたFM局として生まれ変わり、好評を博しているという。
 また先日、『セイヤング・オールナイトニッポン Are you ready?Oh!』という、放送局(文化放送・ニッポン放送)の垣根をまたいだリレー番組がレギュラー化されることも発表された。
 いずれも、すっかりラジオから遠ざかってしまった世代の現役復帰を後押しする、強力な仕掛けと言えよう。


 2001年に博報堂エルダービジネス推進室が、エルダー世代(50歳以上)とラジオの深い関わりを提示し、そこにビジネスチャンスがあるとレポートしている。
 ここでのメインターゲットは、深夜放送黄金期に青春時代を送った団塊世代だったのであるが、実はその一回り下にも強烈なラジオ熱狂体験を持った集団が存在する。
 それが我々「BCL世代」である。
 BCL=Broad Casting Listener は、主として短波ラジオによって国際放送を聴取する趣味のことを指す。
少ない出力で遠くに電波を飛ばすことの出来る短波放送は、各国のプロパガンダやメッセージ発信のための重要なコンテンツであった。
また、西側諸国が、当時まだ厳然と存在していた旧共産諸国の実態をキャッチする手段としても重視されていた。
 『旧モスクワ放送(ソ連)』が、ある日突然荘厳なクラシックを流し始めたことで、書記長に何かあったのではという観測がなされるなど、メディアにおける注目度も高かったのである。
 1970年代の中盤がピークであった日本でのBCLブームは、多くの小中高生を虜にし、メーカーの技術革新に寄与し、親に散財を迫った一大ムーブメントであった。
 「BCL→国際放送聴取→英語の勉強に役立つ→高級短波ラジオが欲しい」。
これが、家庭内大蔵省への口説き文句である。
額面通りに行動する真面目な連中は、通常よりゆっくりとした英語で話される『VOA(Voice Of America)』の『Special English』を経て、世界で1億人以上が聴いていると言われている『BBC(British Broadcasting Corporation)ニュース』の聴取へと進む。
 一方、楽な方に流される体たらく組は、早々に英語に見切りをつけ『エキサイトナイター』『ショウアップナイター』のハシゴを経由して深夜放送の世界に踏み入るのが常であった。
大人の世界を垣間見た挙句に、授業中爆睡しているのであるから、今思うとなんという背信行為であろうか。猛省の極みである。
 今回ご紹介する本は、そんな「なんちゃってBCL」だった方々に送りたい。
 巻頭特集は、BCLの神様・伝道師として、ファミコン高橋名人並みの人気だった山田耕嗣先生の追悼記事である。
我々共通の師が、既に2年も前に逝去されていた事実にしばし呆然としてしまう。
亡くなった際には、世界中の放送局が哀悼の意を示し、『ロシアの声(旧モスクワ放送)』や、『KBS韓国』の日本語放送では特別追悼番組が流された。
(今でも、http://sky.geocities.jp/yamada_god_of_bcl/ で聴くことが出来る。)
その際、『ロシアの声』から、山田氏の誕生日である12月17日を「BCLの日」に制定しようという呼びかけがあり、それ以降毎年12月には、各局で様々な趣向による特別番組が制作されている。
この影響力の高さに、山田氏が為してきたラジオ界への貢献度合が見てとれよう。
ご冥福を改めて祈りたい。
本文第一章は「さぁBCLを再開しよう!」というタイトルで始まる。
小項目を記載してみよう。
●いま受信できる局とその探し方
●安価なラジオで海外放送受信に挑戦
●日本語放送の現在
●ベリカード超整理術
●リスナーズクラブに参加してみよう
 いずれも、痒いところに手が届く記事である。
因みに、ベリカード=Verification Cardというのは、ラジオを聴いた方からの受信報告書に対して放送局から発行される、受信確認カードのことである。
絵葉書大のカードには各放送局の個性が表れたデザインが施されており、その蒐集がBCLの大きな目的の一つでもあった。
我が家のどこかにも、数百枚は下らないベリカードが眠っている筈だ。
 続くカラー特集は「三大アナログBCLラジオ徹底比較」である。
ソニー『スカイセンサー5900』、ナショナル『クーガ2200』、東芝『トライエックス2000』という当時一世を風靡した3機種を、シルエット・パネルデザイン・回路方式といった8つの角度から詳細画像付きで解剖したものであり、手元に受信機のない方々の記憶を蘇らせるのに最適である。
結果的にクーガに最も高い点数がついていて、スカイセンサー派である私は一瞬むっとしたのであるが、昔もよくクーガ派の友人とケチを付け合っていたことを思い出して苦笑してしまった。
他にも、次のような実践的かつありがたい情報提供が目白押しである。
●オークションで手に入れる際の注意点
●ACアダプタを自前でなんとかする方法
●アンテナの修繕方法
 第二章は「受信に役立つ機材&テクニック」。
ソフトウェア受信機として、BCLの歴史を変えたとまで言われている『PERSEUS』の特集が載っている。
読んでいて強烈な違和感を覚えた。
選局するためのつまみすらなく、全てパソコンで操作するこの代物を、ラジオ受信機と呼んで良いのだろうか。
もちろん、物凄い特性を持っている。
「帯録音」、すなわち指定した範囲内の周波数にある全てのラジオ番組を同時に録音出来てしまうという、底引き網のような機能には驚愕するばかりである。
デジタルレコーダーで数百のテレビ番組を同時録画できる機能と同じだといえば、その凄さをご理解いただけるであろうか。
これによって、後でゆっくりと個々の放送局をサーチすることが可能となる。
息を殺しながら、狙った局を待ち受け受信していた職人気質の方々は、どうお感じになるだろうか。
 最終章「超オススメの海外放送」では、17の日本語放送と9局の外国語放送の詳細が記されている。
昔、大人気だった『ラジオ・オーストラリア』『BBC」『アンデスの声』『ドイチェベレ』といった局の日本語放送は、経費節減でとうの昔に廃止されていたのだが、「幻の放送局」と言われていた『RAE=アルゼンチン国営放送局』の日本語放送が、現在では比較的良好に受信出来るという記事に胸が高鳴った。
 読了後の満足感は高いのであるが、なんとなく食い足りない気分が残る。
その原因を考えていたところ、広告の少なさに思い当たった。
BCL全盛期の専門雑誌には、常に「新発売」の文字が躍り、各メーカーが争うように提示する最新技術に目を見張っていたものであるが、本書ではほとんど見かけなかった。パソコン同様、ラジオ受信機も中国シフトが進んでいる。
 ところで、BCLという趣味自体の存続に黄色信号が点灯しているらしい。
ネットラジオを聴いてラジオ番組のファンになった方が短波ラジオを買うことはないであろうし、海外のPLC(電力線による通信システム)機器を使用した場合、短波放送自体が聞けなくなる可能性も残っている。
 では、このまま懐古趣味として緩やかに消えていく運命なのか。
それが我々にも問われている。
 当時の国内メディアからもたらされる海外情報は著しく鮮度が低かった。
テレビ・ラジオが如何に速報性を標榜していても、それは国内に限った話であり、海外のニュースは1日~2日遅れ、雑誌や音楽業界では1-2か月のタイムラグが当たり前のように発生していた。
 一方、我々がBCLを通じて入手するネタは、常にリアルタイムであった。
教科書や地球儀でしか認識していなかった「外国」あるいは「国家」という存在を、耳元まで手繰り寄せられる不思議さ。
ロイターからの外電として伝わってくるニュースの顛末を、既に知っているという優越感。
世界各国の「今」を自分も共有しているという渦中下の興奮。
これらの「先行感」がブームの根底にあったように感じる。
 ボーダレスでリアルタイムの時代とはいえ、先進国のメディアやネットで提供されるコンテンツは、ほんの一握りに過ぎない。
手がまわらずに、あるいは意図的に漏れていくたくさんの貴重な情報が存在している。
アフリカ・アジアでは、未だにラジオが圧倒的な情報源であることに変わりはなく、よって、現地のラジオ局から入手出来る生情報は、ビジネスチャンスを窺う企業にとっても宝の山と言えよう。
駐在員がいない地域の実状を遠隔地から捉えるには、短波放送受信が最適なのである。
 かすかに聞こえてくる番組の合間に、「こちらは●●放送です。」というアナウンスが聞きとれた時の高揚感を他人に説明するのは難しい。
受信報告書を送って、放送局からベリカードがいつ届くのかとやきもきする気持ちも、経験者でないとご理解いただけないだろう。
ご同輩諸君。
遥か彼方に置いてきぼりにしてきたこれらの財産を、そろそろ拾いに行ってみよう。
BCLの将来が危機に瀕している中、我々が自ら、あるいは語り部として後世に継承していけることが何かある筈だ。
(黒田恭一)
追記:
10月17日に、BCL関連本で孤軍奮闘している三才ブックスから、『ラジオマニア2010』」が発売されることが決定した。
短波放送だけでなく、国内のAM・FMも含めた幅広い情報が網羅されているので、最近ラジオに関心を持った皆様にもぜひお読みいただきたい。

参考文献・資料
■日経トレンディ 2010年9月号
 『IPサイマルラジオ radiko が受けるその理由』
■日経ネットワーク 2008年6月号
 『PLCの実効通信速度と電力線配線との関係を調査せよ』
■日経ビジネス 2001年8月20日号
 『北京を見る米国の複々眼』
■日本経済新聞 1991年3月26日朝刊
 『さよならビッグベンの鐘の音』
■『ありがとう、BCLの神様・山田耕嗣さん』 追悼サイト
 http://sky.geocities.jp/yamada_god_of_bcl/
■『セイ!ヤング・オールナイトニッポンAre you ready?Oh!』サイト
 http://www.areyoureadyoh.jp/
■『Radiko.jp』サイト http://radiko.jp/
■『サイマルラジオ』サイト http://www.simulradio.jp/
■『KBS WORLD Radio』サイト http://world.kbs.co.kr/japanese/
■『ロシアの声』サイト http://japanese.ruvr.ru/
■『ラジオNIKKEI』サイト http://www.radionikkei.jp/
■『VOA Special English』サイト http://www.voanews.com/learningenglish/home/
■『BBC News』サイト http://www.bbc.co.uk/news/
■電通ニュースリリース 『2009年(平成21年)日本の広告費』 2010.2.22
■博報堂エルダービジネス推進室
 『HOPEレポートVI いま、ラジオがエルダーを動かす』 2001.11.29
■講談社 『ツイッターってラジオだ!』吉田尚記著 2010.9
■誠文堂新光社 『電波とラジオの基礎技術』岩上篤行著 2009.12
■三才ブックス 『BCLライフ(2010)』 2010.3
■三才ブックス 『再び始めるBCL 世界のラジオを楽しむ』 2008.3
■三才ブックス 『ラジオマニア(2009)』 2009.7
■三才ブックス 『ラジオマニア(2008)』 2008.8
■三才ブックス 『ラジオマニア(2007)』 2007.8
■三才ブックス 『ラジオマニア』 2006.8
■データハウス 『ラジオの教科書』 花輪如一著 2008.10
■ワニ文庫 『キーワードで読む70年代グラフィティ』 1993.8

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