KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

今月の1冊

2010年12月14日

「老荘思想」と「ダンス」の不思議なつながり~見えないものを見る。聞こえない声を聞く~

皆さんは、ご自身の「からだ」のことをどのくらい知っていますか?「風邪っぽい」とか「昨日、飲みすぎたな」といった調子の悪い時には、多くの方はからだの異変に気付かれるでしょう。では、「今日はからだが軽い」とか「なんかすっきりしている」という良い状態を感じることはありますか?生まれてから今日まで、一時も離れることなく一緒に過ごしているはずの自分のからだなのに、実はあまりよく知らないし、意外に気にかけていないのではないでしょうか。
さらに、「五感」に意識を向けてみると、年を経るごとに感覚が鈍くなってきているように感じませんか。子どもの頃は、見るもの・聞くもの・触れるものすべてが新鮮に感じたはずなのに、日々の生活や仕事に追われるあまり、いつの間にか退化してしまった自分の五感。時には、目や耳から入ってきた情報だけでものごとを判断して、本質を見誤ってしまうことさえあります。「一見、怖そうと思った人が、実は心の優しい人だった」というような、人を見た目で判断してしまった経験は誰にでもあるのではないでしょうか。


自分の「からだ」や「感覚」のことをもっと知ることができたら、自分との向き合い方、更には、人との接し方が変わるのではという問題意識から、慶應MCCではからだを使ったワークショップを企画し、この秋から開催しています。
夕学プレミアムagora「近藤良平さんとワークショップ【表現力を磨くコンドルズ的ダンス】」
講師は、世界20ヶ国以上で公演し、ニューヨークタイムズ紙も絶賛する人気ダンスカンパニー・コンドルズ主宰、振付家の近藤良平さん。NHKの「サラリーマンNEO」の「サラリーマン体操」、連続テレビ小説「てっぱん」のオープニングダンスを始め、数多くの振り付けをされている方なので、ご存知の方もいらっしゃることでしょう。
近藤さんのダンスや振り付けをご覧になったことのある方は、「あのユニークな動きの発想の源は何だろう?」「人間離れした表現力はどこから来るのだろう?」と思われたことでしょう。余談ですが、近藤さんの発想の源を探る近道は、著書「近藤良平という生き方」(エンターブレイン)です。この本には、近藤さんの生まれ育った環境、様々な人との出会い、大切にされていること、ものごとの考え方などが散りばめられていて、発想の根底にあるものを垣間見ることができます。
話は大きく変わりますが、先日、古代中国の思想家 老子・荘子の思想に触れる機会がありました。
「道の道とす可きは常道に非ず」
「天下の万物有より生じ、有は無より生ず。反は道の動、弱は道の用なり」
これらの言葉は老荘思想のほんの一節ですが、仕事をしていく上で、更には生きていく上でとても大切なことを教えてくれます。「言葉や論理には限界がある。言葉で説明をするよりも、自ら感じることが大切だ。見えないものを見る、聞こえない声を聞いてみよう。『有』の後ろには『無』という見えない世界がある。目に見えているものも触れることで、『無』の世界を感じよう。『無』を知ることで、より広い世界を知ることができ、楽しく生きられる」と。
ここに「老荘思想」と近藤さんとのワークショップの意外な共通点を見いだすことができます。近藤さんとのワークショップは、ダンスを「ノン・バーバル(非言語)コミュニケーション」の手段として使って、「見えないものを見る。聞こえない声を聞く」、まさに老荘思想の実践の場です。
ワークショップではどのようなことをやっているか、少しご紹介させていただきます。
まずは、「自分のからだや感覚に気付く」ということ。
簡単な実験を紹介しますので、ぜひ、やってみてください。
まず、一人でまっすぐ立ち、そのまま前屈します。からだの固い方は、手が床まで届かないかもしれません。次に、隣に人に立ってもらい、片手でその人の肩に手を置きながら、先ほどと同じように前屈します。一度目よりも、人に触れながら行った二度目の方が、深く前屈できるのではないでしょうか。近藤さんによると、「『自分はここまでしか前屈できない』と、知らず知らずのうちに脳よりからだに送られていたサインが、人に触れることで解放されて、からだが柔らかくなる」のだそうです。ワークショップでは、このようなからだのトリビアを実験しながら、自分のからだと感覚と向き合っていきます。
それから、「からだを通じてのコミュニケーション」。
ダンスのワークショップと言うと、鏡に向かって一人で踊ることを思い浮かべますが、このワークショップでは、ほとんどの動きを2人組や複数の人で行います。すると、「この人は何を考えているのだろう」「今どんな気持ちなのだろう」とできる限り相手のことを理解しようとして、目に見えないコミュニケーションが成立します。不思議なことに、このからだを通じてのコミュニケーションは言葉や文字より通じ合えて、短い時間で相手との距離を縮めることができるのです。近藤さんは「相手に触れると、その人の性格までわかったりする、嘘のつけないコミュニケーション」と言います。
「見えないものを見る。聞こえない声を聞く」というのは、「本質を見抜く力」なのだと気付きます。
そして、ダンスのワークショップなので、もちろん踊ります。
「ダンス」というと敷居の高いものと思われがちですが、実は日常の動きの延長で、誰にでも簡単にできるものです。ワークショップでは、近藤さんからのお題に対して、自分が思ったまま自由に表現します。自分では踊っているという自覚がなくても、傍から見るとちょっとしたダンスに見えます。自分のからだが動くことが実感でき、その喜びや楽しさを実感します。また、他の人の動きを見ていると、固定観念にとらわれない自由な発想や表現があることも実感します。
ワークショップの回を重ねるにつれて、これまで以上に自分のからだや感覚に気を配るようになり、これまでとは違う発想を持ってからだを動かすと新しい世界が広がることを実感します。
残念ながら、近藤さんとのワークショップの内容を、一人で体験することは難しいと思います。しかし最近は、様々な方法、様々な場所で五感を磨く体験ができるように感じます。先日、「クラヤミ食堂」という、こどもごころ製作所さんが開催しているイベントに参加をしてきました。日常生活で一番使っている視覚を遮って、暗闇の中で食事をするのですが、料理の素材そのものの味や香りがよくわかったり、周りの人の声からその人の心の温かさが伝わってきたりして、視覚以外の4つの感覚が敏感になることが体験できます。このようなイベントは、五感磨きにはとても有効だと思います。
冬の季節、からだを動かすのはますます億劫になりますが、寒さに負けずに、ご自身のからだと五感を呼び覚まして、「見えないものを見る、聞こえない声を聞く力」を鍛えてみてください。きっと新しい世界が広がることでしょう。
(石澤 夕貴子)

近藤良平という生き方』近藤良平(エンターブレイン)
コンドルズホームページ http://www.condors.jp/

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