夕学レポート
2003年09月09日
玄田 有史 「自分で自分のボスになる」
玄田有史 東京大学社会科学研究所助教授 >>講師紹介
講演日時:2003年7月1日(火) PM6:30-PM8:30
7月1日の『夕学五十講』は、「仕事のなかの曖昧な不安」という著書が話題になった、東京大学助教授玄田有史氏の登場でした。この本の中で玄田氏は、若年層の雇用問題について明快な分析をされていたのですが、講演でも、仕事に関する様々な統計数字を挙げて、ロジカルでわかりやすい議論を展開されました。
さて、玄田氏は、まだ30代の若手の研究者ですが、大学の先生としてはかなり型破りな方だという印象を受けました。なにしろ、冒頭にいきなり、「フリーターの問題をどう解決したらいいのか」、あるいは「失業率5.5%を半分にするにはどうしたらいいのか」、ということに対して、明快に「私にはわかりません」と断言されたからです。思わず、「それなら、研究者としての存在意義はどうなんですか?」などと、思わず突っ込みを入れたくなりましたが、もちろん、玄田氏の「わからない」というのは、軽い気持ちで言われたのではありませんでした。雇用問題、またこれに関連してしばしば取り上げられる教育問題は、誰もが、何かしら自分の経験に基づき意見が言える分野です。そのために、しばしば事実に基づかない、感覚的な話や批判をしてしまいがちだと言うのです。しかし、雇用問題は、そう簡単に解決するようなものではない。これなら絶対に効くという特効薬はないのです。したがって、そうした複雑な問題であるということを謙虚に認めた上で、解決策を模索する必要がある、ということをおっしゃりたかったのだと思います。
さて、玄田氏が教えている学生の中には、雇用問題の深刻さがピンとこない学生もいるようです。「失業率5.5%といっても、残り95%は仕事があるわけでしょう?」と考えるわけです。そこで、玄田氏はわかりやすい喩えで説明するそうです。例えば、直近の失業者総数と、4年生大学生全員の数、そして横浜市の人口のどれが最も多いか、という質問を講演の中で投げかけられました。この答えは失業者数で、約375万人。学生の数は270万人程度、横浜市の人口は 350万人です。全国の失業者を合わせると、横浜市の人口を上回る数になることを知れば、なるほど事の重大さが実感できます。
また、97年、98年頃は、中高年ホワイトカラーの雇用不安がメディアで盛んに取り上げられました。しかし、現実には、失業者数375万人のうち、中高年のホワイトカラーに相当する失業者はわずか5万人です。つまり、実際には大多数の中高年の方々の雇用は、依然として守られているのです。そして、この点が、若年層の失業やフリーターの増加の要因となっているということを玄田氏は、ある分析結果に基づき証明しています。その分析では、社員に占める45歳以上の割合が1%上昇した時、新卒求人予定数がどの程度下落するかを算出しています。この分析結果では、大卒文系の場合、求人数が3%低下することがわかりました。既存の従業員の年齢が上昇していくにしたがい、新規求人数を絞ることによって、企業は総額人件費を調整しようとするというわけです。
一方、若年層に対して、以前と比べて意識が弱い、だからフリーターが増えるのだ、といった批判が向けられがちなことについても、玄田氏は数字を用いて反論します。総務庁の調査によると、転職希望者に占める「正社員として雇われたい」人々の割合は、近年では、15~24歳、25~34歳の若年層がもっとも高くなっています。つまり、若年層の多くは、正社員になることを望んでいるのが実態なのです。また、同様の調査で、卒業、もしくは中退後、すぐには正社員とならなかった理由についての経年変化を見ると、「正社員としての仕事につく気がなかった」というフリーター的な方の数は、減少傾向にあります。逆に「就職口がなかった」という数が増加傾向にあります。こうした数字を見ると、若者たちは必ずしも望んでフリーターになったわけではないことがわかります。
結局のところ、中高年層が「雇用」という既得権を手放さない限り、若年層の雇用問題はなかなか解決しない点に問題の本質があることを玄田氏は明らかにしてくれました。
では、企業に雇われるのではなく、独立開業による自営の道を選ぶことについてはどうか。今、大きな本屋に行くと独立開業関連本のコーナーが設けられていたりしますし、一種の「独立開業ブーム」の観があります。しかし、ブームというのは、そうしたいけどできないという状況のことではないかと、玄田氏は指摘します。実際、現実のデータを見ると、自営業者の数は30代、40代で激減しています。世界レベルでみても、日本の自営業増加率はマイナスになっています。増加率がマイナスなのは、日本も含めて3カ国しかありません。つまり、日本では、独立開業したいけど、実際にはしない・できないというのが実態なのです。
では、このような厳しい状況において、雇用問題の解決のために何が必要なのか。まずは、自分がこれまでの仕事でやってきたことを、決して能弁でなくて良い、訥々とで良いから、自分の言葉で語れるようになることだそうです。玄田氏は、リストラによる退職者の転職を手伝うアウトプレイスメント会社の話を引用して、なぜ、これが重要かを次のように説明してくれました。リストラの対象になった方は、退職日の最後の一週間、あるいは最後の出社に、ふと「この20年間はなんだったんだろうか」という、いわばアイデンティティの喪失感に襲われるそうです。アウトプレイスメント会社は、一方で求人先の開拓をやるわけですが、こういった方々の心の空白に対して、カウンセリングをやることが主な仕事になっているのです。多くの人は、一体どんな仕事をやってきたのか、うまく伝えることができません。逆に、自分ときちんと向き合い、自分のことを自分で語れるようになった方から、就職が決まっていくそうです。
もうひとつ、職探しで重要なこと、それは「Weak Ties」と呼ばれるものです。これは、同じ会社の同期との強い人間関係ではなく、たまに会うような、異質な人々との薄いつながりのことです。有益な情報は、しばしばこうした、自分とは違う生き方をしている人々からもたらされるのだそうです。しかも、異質な人々との付き合いでは、「あなたは何をやっているの?」という質問がしばしば投げかけられるので、自分というアイデンティティを確認し、言語化するという機会を持つことになります。また、「Weak Ties」は、独立開業に当たっても重要です。仕事は孤立していてはできないのです。薄く広い人間関係を保ちつつ、その中からお互いに仕事を助け合うような形でないとうまく行かないそうです。このため、玄田氏は、携帯メールでわずか2、3人との間の存在を確認しあうような強い関係しか持たない最近の若者については若干の懸念を抱いています。
ところで、講演の中で玄田氏は、経済学者、ハイエクの考え方を紹介してくれました。ハイエクは、よく話し合えばわかりあえるというのは、人間として不自然であり、非現実的であること、だから、社会主義的なやり方はうまく行かない、むしろ、いろいろと問題があるかも知れないが、神の見えざる手である市場(マーケット)にコントロールを委ねるべきだ、ということを言っているそうです。このハイエクの考え方から玄田氏が言いたかったことは、おそらくこんなことでしょう。
自分の可能性もまだよくわからない、目標を持てないから苦しんでいる若者に対して、「目標を持て」といった、わかったようなことを言うべきではないのです。むしろ、お互いにわかりあえない存在だからこそ、なんとかしてわかりあおうとする気持ち、また、相手の価値観をまるごと飲み込んでみるような、そんな勇気を持つことを勧めること、そうすれば「Weak Ties」を生み出し、また自分のやってきたことを誇りをもってへたくそに語ることができるようになる。こうしたことが、現在の雇用問題を解決する糸口になるだろう・・・
今回のお話は、雇用問題は、助成金のような公的施策だけで簡単に解決するものではなく、もっと深い人間の本質の中に解決のカギがあることを実感させられた内容だったと思います。
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