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田口 佳史「見えないものを見る~東洋思想から読み解く日本文化と日本人~」

2011年12月13日

田口 佳史
東洋思想研究家、株式会社イメージプラン 代表取締役社長
講演日時:2011年7月1日(金)

田口 佳史

田口氏は、21世紀の日本に対して、「日本らしくない」という違和感を感じてきたそうです。「日本らしくない」のは、どんな点においてなのか、田口氏はずっと探り続けてきましたが、先の東日本大震災という未曾有の大災害を経験したことで、違和感のありかがはっきりしたそうです。それは、日本というのは本来「生命(いのち)と自然の国」であったはずなのに、現代の生活はそれとはかけ離れたものになっているということです。

私たちは古来、豊かな自然に恵まれ、清く美しい流れのほとりに住む民であり、和気あいあいと日々、楽しく愉快に暮らしてきました。ところが、現代は、経済が主体となりすぎてしまい、効率が最優先、「金銭物質至上主義」がまかり通ってきたのです。

しかし、先の大震災と大津波により、多くの人命が失われ、また物が流されて塵芥へと帰しました。かけがえのない命の大切さと同時に、お金や物質をありがたがることのはかなさを、私たちは身をもって知りました。一方で、被災地の人々の苦しみや悲しみに共感し、さまざまな形で被災地を支援する人々の姿を見て、どんな災害にも流されてしまうことのない「人間のありがたさ、つながり」を実感することになりました。今だからこそ、田口氏は、過去から引き継いできているはずの「内なる日本人性」に目覚める‐覚醒する機会だと主張するのです。

さて、改めて日本とは本来どんな国だったのでしょうか。明治時代に来日した、エドワード・モース、ジェームス・ヘボンらの外国人が、日本について述べていることの共通点は、「こんな貧しい国はない、こんな美しい国もない」ということです。暮らしは本当に貧しいけれど、衣服は常に清潔に洗われ、住居も掃き清められている。街行く人々は笑顔にあふれ、礼儀正しく正直に生きている。貧困を超越する人々の心の美しさ、すなわち精神性の高さに、外国人は皆、胸を打たれたのだそうです。

日本のほとんどは、森と山に囲まれています。この森と山に暮らす民としての日本人は自然と一体化し、共生してきました。そして、自然の中に存在しているであろう、見えないものを感じる鋭い感性、深い精神性を培い、自然そのものを神と崇めるようになりました。田口氏は、森林山岳国家という日本の地理的特性が、日本人の精神性の高さに結びついたと考えています。

また、日本がユーラシア大陸の東端に位置している点も重要だったと田口氏は指摘します。儒教、仏教、道教、禅、キリスト教など、さまざまな宗教や思想が西から東へと流れてきて、最後に日本に到達したのです。結果として、日本は多種多様な宗教・思想・哲学の集積地となりました。こうした様々な思想は、精神性の高い日本人によってさらなる発酵が進み、まるで思想・哲学のオーケストラが編成されているかのような進展を、ここ日本で果たすことになります。

田口氏は日本に根づいた様々な思想のうち、まず「老荘思想」(道家の大家である老子、荘子の考え)について触れ、これは、「見えないものに心を尽くす」という日本人の考え方に、裏づけを与えることになったと指摘します。老荘思想では、「無為自然」という言葉があります。「無為」というのは、「緊張感を持って見守ること」だそうです。何もせず、しかし緊張感を持って見守ることが重要です。すると「自(おの)ずと然(しか)り」になる。自然の根源には「無」があるのだそうです。

また、思想としては対極にあるように見える「仏教」と「儒教」ですが、根源は共通しているものがあると、田口氏は指摘します。仏教は現世を否定し、苦しい現世をより良く生きることで、来世で成仏する(仏に成る)と考えます。一方、儒教は現世を肯定し、長寿を尊びます。しかし、どちらにも、仲間が苦しんでいれば共に苦しむという慈悲の心、すなわち「思いの共有」があり、人のために自己の最善を尽くしきるといった考えを大切にしています。どちらも、人生において、お互いに感謝しあえる人間関係を何組つくれるかが大事だということを説いていると言えるのです。

田口氏によれば、日本人の心、精神性には、世阿弥、利休、芭蕉の3人が大きな影響を与えています。世阿弥は、猿楽(現在の「能」)を通じて、いわゆる「わび・さび」というものを集大成しました。彼は、能の舞によって、私たちには見えない「あの世」を表現しました。あの世とこの世を自由自在に行き来する様こそが、侘び寂びとしたものなのです。

そして、利休は、茶の湯を通じて、「侘び・寂び」を様式美にまで高めました。従来、お茶は十畳ほどの広い部屋で飲まれ、それは人々の間の「上下関係」(下のものが、自分より偉い人をお茶でもてなすようなこと)とも結びついていましたが、利休は、茶室をわずか二畳にすることで、上下関係を取り払い、より精神性の高い様式として完成させたのです。

さらに、松尾芭蕉は、侘び寂びの様式美を「生き方」へとしました。彼は37歳にしてすべてを捨て、旅に出ます。「奥の細道」が書かれたのは46歳の時。彼は、ほとんど何も所有することなく、「旅を栖(すみか)とす」という生き方を貫きます。これは、地球、自然と一体化した生き方と言えるのでしょう。

田口氏は、現代の日本人は、こうして先人たちが形成してきた根本思想、すなわち、生命(いのち)を尊び、自然と共生し、モノよりも精神性を大切にするという日本人の心のあり方に目覚めるべきだと考えています。すなわち、私たち日本人とは何者なのか=アイデンティティを再確認し、健全な社会を作り、愉快な人生を送るために、行動基準や判断基準=規範をしっかりと持つべきだと考えているのだそうです。

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