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夕学レポート

2011年12月09日

アリが教えてくれるもの   長谷川英祐さん

photo_instructor_590.jpg遺伝子工学がもたらした成果のひとつは、「地球上のあらゆる生命体は、共通の祖先を持つ(起源はひとつ)」という事実を明らかにしたことにある。
DNAの暗号解読研究によって、目に見えない微生物も、大海原を泳ぐクジラも、大腸菌もヒトも、まったく同じ遺伝子暗号を使っていることが分かった。
地球上のあらゆる生命体は、同じ生命から枝分かれしていった。38億年前の生命誕生時に遡れば、同じ親を持つ兄弟である。
それを本能的に知っていたのか否か、人類は有史以来、他の生命体の形態や振舞いから多くのことを学んできた。
武術家は動物の動きから新たな技を考案し(ツバメ返し)、発明家は熱帯の植物の形状にヒントを得てグライダーを作った。災害ロボットのメカニズムは、へびの動きを参考にしていると言われる。
アリ、ハチといった集団(コロニー)を作って生きている社会性昆虫の生態を研究している長谷川先生の話を聞くと、アリの生態を知ることも、人間社会にとって、実に示唆的だということがわかる。
例えば長谷川先生はこのように言う。
個体の利益を最大化できない集団(コロニー)は滅びる。
アリに限らず、およそすべての生命進化の大原則は、「生き物は、個体の利益を最大化する」ことにある。
アリやハチも、他者のために、自分が犠牲になることはない。
巣を襲う外敵に立ち向かう無数の働きハチの映像は、一見すると、他者のため我が身を犠牲にしているかのように見えるけれども、実は、彼らは自分のために戦っている。
「自分たちの遺伝子を後世に残す」という利己的な本能に忠実なだけなのだ。
ハチの集団(コロニー)は、親である一匹の女王とその子供である多くの働きバチたちで形成されている。彼らは、ハチという種を守っているのではない。自分たちと同じ遺伝子を持つ家族を守ることで、自分たちの遺伝子をより多く、効率的に残そうとしているのである。
利他的行動と利己的本能が一致することで、アリの集団は維持されている。
彼らは、人間のように、歴史や文化といった抽象概念を共有する組織(国家や会社)のために身を犠牲にすることはない。人間が作りだした美しき倫理は、生命の原則には一致しない。


長谷川先生によれば、アリの集団(コロニー)には、突然変異的に、集団への貢献活動を一切しない、過度な利己的個体も出現するという。(この点は人間と似ている)
英語の「だます(cheat)者」の意から、組織チーターと呼ばれている。
組織チーターが出現してしまった時、集団内には健全なアリたちによる相互監視システムが機能して、皆で組織チーターを排除しようとする。
しかし、排除に失敗した集団は、組織チーターに侵食され尽くし、集団そのものが滅んでいく。身につまされる話である。
あるいは、長谷川先生は次のようにも言う。
現在の効率を最大化することと長期的な集団の存続を両立することは出来ない。
アリの集団(コロニー)を入念に観察すると、ほとんど働かないアリが一定割合存在していることがわかる。彼らは、組織チーターのように、働こうとしないのではない。働き者のアリたちに、先に仕事を奪われてしまうのだ。
目の前に必要な仕事が発生した時に、即座に反応して働きだす速度には固定により差があるという。これを反応閾値と呼ぶ(低いほど働き者)
反応閾値の高いアリは、働こうにも働けず(働く機会がなく)ウロウロとして日々を過ごす。
なぜ、彼らは存在しているのか。
全員で一斉に働く方が短期的には組織効率は上がるはずである。えさも多く採取できるし、巣の中も綺麗になる、卵も多く育てられる。しかし、そうはなっていない。
長谷川先生は、この理由を「疲労モデル」を使って説明している。
全員が一斉に働いて、全員一斉に疲れると急激に効率が落ちる。全員が疲れて、労働効率が落ちると集団の維持には危険が増す。一定の稼働が継続的にあることが集団の維持には不可欠なのだ。
だとすれば、いざという時のために、控え要員を抱えておく必要がある。
働かないアリは、そのためにいる。つまり集団の長期的な存続のために働かないでいるのである。
実験によれば、よく働くアリがいなくなれば、働かないアリも働き出すという。けっして根っからの仕事嫌いというわけではないのだ。
短期の集団効率の最大化と、長期的な集団の持続性は両立しない。
アリは、長期的な集団存続を優先して、働かないアリを抱えておくという非効率性を抱えているのだ。
さて、人間がやっていることはどうだろうか。
組織の論理を掲げて、個人に犠牲をしいてはいないだろうか。
過度な利己的人間が増殖し過ぎて、社会がそれを制御できなくなってはいないだろうか。
現前の利益を優先することで、長期的な利益を失ってはいないだろうか。
小さなアリが教えてくれることは、深くて重い。
この講演に寄せられた「明日への一言」はこちらです。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月9日-長谷川-英祐/
この講演では感想レポートコンテストへの応募を2件いただいています。
「理屈ではなく自然科学のすごさを実感」(つるみじんさん/会社員(営業職)/50才台後半/男性)
「地表のフラクタル ~アリとヒトをつなぐもの~」(白澤健志さん/会社員/42歳/男性)

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