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夕学レポート

2013年01月15日

高橋俊介「想定外変化の時代のキャリアと人材育成」

高橋 俊介
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
講演日時:2012年10月18日(木)

高橋 俊介

現代は、想定外の変化が次々と起こっており、これまでに身につけた知識やスキルがすぐに陳腐化してしまいます。また、仕事がますます高度化・複雑化しており、期待される成果を収めるためには、深い専門性が求められています。そんな状況において、自分らしいキャリアをつくるために必要だと高橋氏が考えている要件は以下の3つです。

  1. 目標より習慣
  2. 普遍性の高い学びの能力
  3. 健全な仕事観

まず、1の目標より習慣という点について、高橋氏は、そもそも「キャリアは予定通りに作れない」という従来からの主張を強調しました。将来の目標を立てることよりも、良い仕事のやり方や、良い学び方といったことを「習慣」として続けることのほうが重要なのだそうです。実際、明確な目標を立てたところで、現実にはキャリアが当初の予定通りになることはないという点は、高橋氏が過去に実施した数千人におよぶビジネスパーソン対象の調査やインタビューからも、検証されているそうです。

次に、2の普遍性の高い学びの能力について、想定外の大きな変化が連続して起きる現代では、目先のスキルを獲得するだけでは、全く通用しなくなる事態が頻繁におきます。成長曲線で言えば、ゆるやかな上昇、垂直落下を繰り返し、まるでのこぎりの刃のような形に見えるため「のこぎり曲線」と高橋氏は呼んでいます。

のこぎり曲線は急激な落下を経験するものの、ゼロ地点まで落ちることはありません。のこぎりのような形を描きながらも、成長曲線は徐々に上昇していくのです。このゼロまで落ちない学び方が、普遍性の高い学び方です。普遍性の高い学びとは、ものごと・現象の表面だけを学んだり、丸暗記するのではなく、その背景にある「原理」や「基礎理論」「歴史的背景」を学び、また、より俯瞰的な「経営的視点」で理解・納得することです。こうした学びは応用力が高まる学び方です。

3番目の健全な仕事観について、高橋氏によれば、ビジネスパーソンが持つ仕事観は、大きくは内因的仕事観、功利的仕事観、規範的仕事観の3種類に分類できるそうです。

「内因的仕事観」とは、仕事を通じて得られるやりがいや成長、認知といったものを重視すること。「功利的仕事観」とは、社会的地位や金銭など、成功を獲得手段として考えることや、経済的自立、所属や肩書きを得たいといった損害回避が含まれます。そして、「規範的仕事観」は、社会のために役立つことをするという社会規範や、会社を成長・発展させたいと考える会社規範、自分ならではの価値を生み出したいといった仕事規範が該当します。

例えば、しばしば世間を賑わす会社の不祥事は、社員の仕事観が、損害回避や会社に対する忠誠心(会社規範)に過度に偏っていることが原因だと高橋氏は主張します。また、成功獲得手段だけでは短期志向に陥ります。近年は、やりがいや成長など、内因的仕事観が注目されていますし、若年層の中には、社会のために役立ちたいという思いで起業する人々も多く、彼らの持つ社会規範の仕事観については、高橋氏は好意的に見ています。ともあれ、高橋氏は、特定の仕事観に偏りすぎないように注意すべきであり、自分らしいキャリアづくりができる、明確な仕事観を持つべきだと考えています。

さて、以上のような3要件を踏まえて、高橋氏は、若手のキャリアづくりのポイントをいくつか挙げてくれました。若手の20代の初期のキャリアにおいては、専門性の深堀りから始めても、あるいは、特に専門性が高くはなく、多様な仕事をやらされる現場から始めても、どちらでも良いそうです。大事なのは30代からで、専門性の深堀りから始めた場合、他の分野へと横に能力を拡げることをしないと脆弱な細いキャリアになってしまうリスクがありますし、多様な仕事をしてきた場合には、特定の分野に絞り能力を深く掘り下げる必要があります。どちらにせよ、自分の能力を超えた仕事にチャレンジすること、つまり「背伸び」をして高い成果をめざすことで、結果的に能力の幅が広がり、普遍性を上げることができるのだそうです。

さらに高橋氏は、近年実施したビジネスパーソンのインタビュー結果から、若手のキャリア形成には多様な可能性があることを示しました。
例えば、世の中の潮流を見極め、半歩先のキャリアに先んじて取り組む、いわば「先物キャリア」を目指すことで、自分らしいキャリア形成ができたり、仕事の必要性に迫られたことで、たまたま複数の専門性を組み合わせたら自分らしさを発見できたケースや、様々な異質の人々の出会いを通じて、キャリアの選択肢の幅の広さに気づくケースなどを紹介してくれました。

同じインタビュー結果から、中高年の学び直しについて、バブル入社世代は、全体的に仕事観が希薄で保守的な傾向があることを高橋氏は指摘します。自分の社内での立ち位置や、今後自分はどうありたいか、どんな価値を提供したいかといった、自らのキャリアの主体的定義をやり直し、企業はそのために必要な学び直しを支援する必要があると主張します。
今の企業にはもはや、報酬にふさわしい成果を上げられない中高年社員を抱えている余裕はないため、生涯第一線にいて、顧客と対峙する仕事ができなければならないのです。かつ、中高年のビジネスパーソンは後進の指導に取り組み、自分の持つ知識やスキルを次世代に継承することも求められています。

日本の人材育成の特徴は、長期雇用を前提として仕事をしながら仕事をおぼえる、すなわちOJT主体の企業内人材育成です。
しかし、この、日本が得意としてきたOJTが劣化してきていると高橋氏は指摘します。職場内の付き合いが希薄になり、表面的なスキルは伝えることができるものの、例えば、上司と部下が酒を酌み交わしながら、「そもそもこの仕事の意味とは?」といった原理や基礎理論、歴史的背景を伝える機会が減っています。学校教育も同様ですが、今のOJTは丸暗記型で、応用力が高まらないのです。加えて、OJTは、既存のスキルの継承に偏るため、新たなビジネスモデルや新しい環境に求められる能力が開発されにくいという落とし穴があります。

そこで、高橋氏は、これからの人材育成のあり方としてまず、最新のスキル獲得のための学びあう場をつくり、原理、基礎理論、歴史的背景を学ぶことを提唱します。こうした普遍性の高い学びは自らの世界観にも結びつき、内因的、規範的など、バランスのよい仕事観の形成にも役立つのだそうです。そしてまた、ピラミッド型の組織戦略だけでなく、フラットな組織構造を持ち、第一線のプロフェッショナルが、一定の自由な裁量で働けるような組織戦略への切り替えを促しています。例えば、製薬会社でMRと呼ばれる営業担当者による医師に対する接待は、今年、業界で禁止になりました。このため、従来のように医師に対する利益供与の見返りとして契約を勝ち取るのではなく、医薬品についての知識の深さや専門性の高さといった、本来のプロフェッショナルとしての能力が試される機会が訪れています。組織のあり方が問い直される時が来ているのです。

高橋氏は質疑応答の中で、職人養成を目的とした明確なスキル目標を定めた、ドイツ型のキャリア教育が現代において破綻していること、大きな変化の時代においては、絞り込むのではなく広げるキャリア教育へと移行しなければならないと述べ、やはり普遍的な学びを追求することの重要性を強調しました。
今回の高橋氏のお話を通じ、キャリア作りについての新たな指針が得られたように感じました。

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