夕学レポート
2013年05月14日
山田 英夫「ビジネスモデルのイノベーション」
山田 英夫 早稲田大学ビジネススクール 教授 >>講師紹介
講演日時:2012年10月2日(火) PM6:30-PM8:30
山田氏は、「ビジネスモデル」とは、一言で言えば「儲ける仕組み」であり、ビジネスモデルを構築する方法には3つあると指摘します。
第1は、アップルやグーグルのような「ゼロから構築する方法」。しかし、これは日本の大企業では、前例がなくデータもないため、難しい方法です。
第2は、同業他社をベンチマークして模倣する方法で、セブン・イレブンを真似たコンビニや、アスクルに追従したカウネットなどがこれに該当します。しかし、この方法は企業が持つ経営資源が似ていることから、究極はコスト競争になります。
そして3つ目が、今日の講演テーマでもある「異業種のビジネスモデルの移植」です。異業種のビジネスモデルにヒントを得て、別の業種で新たなビジネスモデルを立ち上げる方法です。
こうした例として最初に紹介されたのが、「スターマイカ」です。同社は、独自性のある優れた戦略をもつ日本企業に与えられる「ポーター賞」を2011年に受賞しました。
スターマイカは、「オーナーチェンジ」に特化した不動産会社です。オーナーチェンジとは、賃借人がいる状態の住宅の所有者が変わる不動産取引です。オーナーチェンジは、賃借人がいるため、空室の価格を100とすると、75でしか売れず、賃借人が退居するまでは転売も難しく、資金が寝てしまいます。このため、既存の不動産業者は敬遠してきました。
しかしスターマイカは、賃貸中の中古マンションだけを買い取り、賃借人退居後にリフォームし、空室の価格で売却するビジネスモデルを作り出しました。
賃借人が在居中は家賃収入を、退去後は売却益を得ることができます。
個々の賃借人がいつ退居するかは読めませんが、物件を多く持つことで、「大数の法則」が働きます。つまり物件数が多くなれば、毎年賃借人の一定割合が退居し、資金がうまく回るのです。また、スターマイカと取引する不動産業者も、紹介時と売却時の2回手数料が入ることから、同社とWin-Winの関係になっています。
スターマイカのビジネスモデルは、金融業界で行なわれている「裁定取引」と同じです。裁定取引とは、市場間の価格差や金利差を利用して売買を行い、利ざやを稼ぐことです。スターマイカの場合、空室の中古マンションの価格と、賃貸中の中古マンションの価格に差がある点に目をつけたのです。
次にコマツの建設機械のビジネスモデルをあげられました。コマツは建機にGPSとセンサーを搭載した「KOMTRAX」と呼ばれるシステムで、建機の情報を世界中から集めています。稼動している建機の状況を、リアルタイムで把握することが可能になっています。
KOMTRAXは、元々は盗難防止のために開発されました。頻発する盗難を防ぐために、GPSよって追跡できるようにしたのです。例えば、稼動するはずのない夜間に建機が時速40kmで走り始めたら、盗まれて港に運ばれていると判断できます。そこでコマツは警察に連絡し、港で待ち構え、逮捕できるようになりました。
次に、代金の支払いを渋る中国の顧客に対しては、稼動が確認でき、遠隔でエンジンを止められるため、代金回収にも威力を発揮しました。
このようにKOMTRAXは盗難防止から始まり、代金回収にも活用されるようになったのですが、ビジネスモデルとして注目すべきは、稼動・保守状況を把握することで、故障が起きるタイミングが予測できるようになった点です。KOMTRAXのおかげでコマツの代理店は、故障が起きる”前日”に顧客を訪問し、自社の純正品で部品交換ができます。故障した後だと、ユーザーは安価な部品を探し修理する可能性が高くなりますが、壊れる前なら、自社の純正品に交換できるので、結果として、保守サービス・部品で高い利益を上げられるようになったのです。ユーザーとしても、故障を未然に防いでくれれば作業が滞らないので、コマツが提供する「予防保全」は歓迎されています。
山田氏は、KOMTRAXのようなビジネスを既に行なっていた異業種の例として、ゼロックスの「マネジド・プリント・サービス」をあげます。これは、コピー、ファクス、プリンターが1台でできる「複合機」の状態を、電話回線を通じて把握するもの。そして、保守時期を事前に察知し、トナー等の消耗品がなくなる前に補給、部品交換を行なうサービスです。ゼロックスでは、稼働状況の分析を下に、トータルコストの削減や最適な機器配置のコンサルティングを提供できることに加えて、自社純正品を販売できるため、高い利益を謳歌できる仕組みになっています。
このように山田氏は、異業種の企業間に類似のビジネスモデルが存在していることを指摘し、異業種からヒントを得て、新たなビジネスモデルを構築できると言います。では、異業種にあるビジネスモデルを探すには、どのような視点で見れば良いでしょうか。山田氏によれば、以下の5つの切り口があります。
1.顧客の再定義
1つは、「真の顧客は誰か」を問うことです。例えば老人介護専門病院の青梅慶友病院では、患者だけでなく、その家族も顧客と考えてサービスを展開しています。普通の病院と異なり、24時間面会可能となっている他、新宿の提携病院で、介護で疲弊した家族のためのケアも行っています。老人介護病院では、患者はもちろんですが、患者の家族の顧客満足がとても重要です。
また、法人(B)向け事業で培ったノウハウを、個人(C)向けに展開したのが、ベネッセです。同社は創業当初、「生徒手帳」の販売を手がけていました。学校が販売対象なので、職員室に頻繁に出入りするうちに、先生方との繋がりができました。その後、子供を対象とする通信教育事業を始めるに当たって、良質な問題が多数必要となりました。その時に、B to B時代に培った先生方とのネットワークが、通信教育の強みになりました。
2.顧客価値の再定義
「顧客に対してどのような価値を提供すべきか」を考えることも有効です。その1つとして、「サービス・ドミナント・ロジック」の概念が役立ちます。これは、すべての企業はサービスを提供しており、そこに物の受け渡しが介在する企業が「製造業」であるという考え方です。
例えば、小型電動工具の多国籍企業「ヒルティ」では、製品が成熟期を迎え、価格競争に陥っていました。一方で顧客の中小企業は、現場ごとに必要な工具を揃え、作業後に整備するのは面倒でした。そこでヒルティは顧客企業に対して、自社製品を販売するのではなく、必要な時に整備済みの工具一式をリースするというビジネスモデルに切り替えました。必要な時に整備済みの工具が使える”サービス”を提供することに転換したのです。
3.顧客の経済性
「顧客の経済性」とは、モノ単体の購入コストだけでなく、設置・保守・運用も含めたトータルコストの観点から考えるということです。例えば地下鉄の構内には、膨大な数の蛍光灯が使われていますが、購入にあたっては、単に価格が安いだけではなく、電波障害が起きにくいこと、そして同時期に一斉に寿命がくる信頼性が必要です。なぜなら、一灯だけ切れて終電後に交換するコストは、人件費を考えると非常に高いからです。山田氏は、単品のコストではなく、顧客が払わなくてはならないトータルの経済性の競争であれば、日本企業にもグローバルで戦える余地がある、と指摘します。
4.バンドリング/アンバンドリング
バンドリングとは、ある製品・サービスと、それと関連した製品・サービスを一括して提供することです。大手広告会社の電通は、元々新聞やテレビなどの媒体枠の販売から始まり、後にその後工程である広告の制作も手がけるようになりました。さらに広告効果の測定など、関連サービスを広告主に対して総合的に提供するようになっていきました。
一方アンバンドリングは、複数の製品・サービスが一体となって提供されているビジネスにおいて、それらをばらばらに解体し、一部分の製品やサービスに特化することです。セブン銀行は、銀行業務のうち、法人への融資などはやらず、店舗内ATMサービスのみを提供しています。このモデルは、銀行の専門家からは失敗すると言われたそうですが、現在では売上の9割以上をATM手数料で上げています。
5.定番の収益モデル
既に様々な業界で成功している「定番」のビジネスモデルを移植することもできます。スターマイカが採用した「裁定取引」や「ポートフォリオ」などはその例です。また、「ジレットモデル」と呼ばれるビジネスモデルは、ジレットの髭剃り製品のように、本体ではなく、消耗品の「替刃」で儲けるモデルです。これは、プロジェクター(本体と交換ランプ)、浄水器(本体とカートリッジ)など様々な分野で発見することができます。
6..ビジネスモデル移植にあたっての課題
企業が新たなビジネスモデルを移植する際には、いくつかの課題に直面します。例えば、クラウド・コンピューティングのように、売り切り型からサービス課金型にビジネスモデルを変更する場合、初期の段階では、売上の減少に見舞われることです。ビジネスモデルの変革期においては、売上の立て方を工夫するか、一時的な減収を覚悟しなければなりません。
また、旧モデルへの固執という課題もあります。ヒルティの場合、営業マンが営業に行く先が現場から本社部門に変わることもあり、営業部門からは反発があったそうです。経理部門でも、価格設定に関して、色々と反発がありました。このように新しいビジネスモデルの敵は、社内にいることが多いようです。
さらに、ビジネスモデルを「静止画」で描いた場合にはうまく行きそうでも、「動画」すなわち時間軸で捉えると、必ずしもうまく移植できないこともあります。例えば以前、電力会社が通信事業に乗り出したことがありました。電力、通信、どちらもインフラ系の事業であり、電気を送る事とデータを送る事を静止画で見ると同じように見えます。しかし、電気と通信では変化のスピードが全く違い、電力会社の通信事業は失敗に終わりました。
最後に、山田氏は、まとめとして、異業種のビジネスモデルが様々な業種に移植が可能であること、移植に当たっては、自社だけでなく、仕入先や販売先などのサプライチェーンを構成するパートナー企業とのWin-Win関係を築くこと、また高い顧客価値の提供と顧客の経済性を両立させる重要性を強調し、講演を終えました。
豊富な具体事例に基づく解説のおかげで、儲かる仕組みとしてのビジネスモデルの作り方がわかりやすく頭に入ってきたように思います。
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