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夕学レポート

2013年06月11日

前野 隆司「思考脳力とイノベーションのデザイン」

前野 隆司 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授  >>講師紹介
講演日時:2012年11月20日(火) PM6:30-PM8:30

前野氏は、大学で機械工学を専攻し、卒業後に就職したキヤノン・生産技術研究所在籍中に、東京工業大学にて博士(工学)を取得されています。その後、2006年に慶應義塾大学理工学部機械工学科教授、2008年には、新設された慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の教授に就任という経歴をお持ちです。
前野氏はもともと、機械工学の分野で、ずっと「ロボット」の研究に取り組んできました。前野氏によれば、ロボットとは人間を単純化したモデルです。したがって、優れたロボットを開発するためには、「人間」をより深く理解する必要性があるのだそうです。


このため、前野氏は、研究領域をロボットだけでなく、人間の身体や心へと広げ、哲学や倫理学、さらに現在は、幸福学、社会システムデザイン学に取り組んでいるとのことです。
ここでいう「システムデザイン」とは、社会やコミュニティ、また個体としての人間など、あらゆるものを「システム」としてとらえて設計(デザイン)することです。その主な狙いは、現代社会の複雑に絡み合った問題を全体最適の視点から解決することにあります。これは、結果的に新しいものを生み出すこと、またイノベーションを起こすことにもつながるのだそうです。
前野氏は、日本が現在抱える様々な問題の多くに対して、問題を俯瞰的な視点からとらえ、全体として整合性のある解を導くシステムデザインの考え方は有効であり必要だと主張します。
例えば、昨年(2011年)の東日本大震災、福島原発の事故では、想定外の事態に対して、日本政府・企業は適切な対応が取れる能力を持ち合わせていないことが露わになりました。また、日本企業は、製品の技術は優れているにも関わらず、インフラやサービスとの組み合わせによる「セット売り」、すなわち、「システム」としての製品販売において、外国企業の後塵を拝しています。部品は超一流なのに、システムとしては三流なのが現在の日本の製品なのです。
こうした憂うべき状況に、慶應義塾大学において「システムデザイン・マネジメント研究科」が設立された理由があります。当研究科の目的は、問題をシステムとして俯瞰的にとらえ、全体として整合性のある解へ導く方法を確立し、これを身につけた人材を育成することが目的なのだそうです。システムデザイン・マネジメント学は、システムズエンジニアリングが基盤となっており、文系の学問、理系の学問の両方を取り入れた「文理統合型」のアプローチを採用しています。全体最適を目指すためには、様々な学問分野の知見をうまく組み合わせることが有効だからです。
また、多様性のあるメンバーで構成されたチームでプロジェクトを立ち上げ、多様な立場・視点から議論を重ねる「デザイン思考」と呼ばれるアプローチも重視しています。この方法により、創造性を発揮しやすくなり、全体として整合性のある解決策に導かれ、イノベーションが起こしやすくなるということです。
さて、「イノベーション」は、当初「技術革新」と日本語に訳されてしまったため、画期的な技術が求められると考えられがちですが、前野氏は、必ずしもそうではないとして、イノベーションを起こせるアイディアの必須条件として以下の3点を挙げました。

  1. 言われてみれば当たり前であること(できるまでは誰も思いつかなかったこと)
  2. 実現可能であること
  3. 物議を醸すこと

そもそも、イノベーションとは、「人間の当たり前の欲求を満たしてきただけ」なのです。たとえば、「遠くへ行きたい」という欲求が、靴や、馬車、自動車、飛行機を生み出しました。また、「遠くのものや保存されたものを見たい、聞きたい、感じたい」という欲求が、電話、レコード、ラジオ、テレビの発明につながっています。前野氏は、現代は情報革命の時代と言われ、最先端の技術を採用した高度な製品が求められているように感じられるけれども、実際には、人々の基本的で単純なニーズを満たした単純なものが生き残っているだけだと喝破します。
前野氏はさらに、システムデザインの俯瞰的なアプローチでイノベーションの本質を紐解いていきました。人類はこれまで、農耕革命、産業革命というイノベーションを経験しています。3つ目のイノベーションである「情報革命」は、まだ始まったばかりである、というのが前野氏の認識です。
農耕革命では、「農耕・牧畜」の発明によって、食料生産・利用効率が大きく高まり、定住化の進展と共に人口の増加がみられ、また富の集中によって社会の分化・階層化が進みました。同様に、産業革命においても、蒸気機関を始めとする「動力」の発明による工業生産・移動効率の高まりが、人口増加、富の集中を加速させ、社会の高度分化・階層化を推し進めることになったのです。
一方、情報革命は、「インターネット」の発明を契機とするものです。インターネットは、情報伝達・共有効率の向上を可能にしましたが、現時点では、パソコンやスマートフォンなどの基盤が整備されつつある状況です。これから、本格的な社会構造や、働き方、生き方が大きく変化していくことが予想されます。
前述したように、農耕革命、産業革命においては、階層化が進みました。社会の人々がピラミッドのような縦の上下関係で結ばれ、ものごとがトップダウンで進められるようになっていったのです。ところが、情報革命へと移行するにつれ、縦ではなく、横同士の相互のつながりが増え、ネットワーク化が進み、ボトムアップでものごとが動くような状況も生まれてきています。
農業革命以降、食料確保に必要な労働時間がより少なくすむようになり、剰余人口、すなわち働かなくても生きていける人々が芸術や文化の担い手になりました。
そして、情報革命によって、サービス産業化の進展と共に、食料などのエネルギー確保のための労働時間がさらに少なくすむようになるため、人々は労働以外のことにますます多くの時間を使えるようになるのだそうです。そのとき、人々が求めるのは、興味・関心を同じくする世界の人々とつながり、文化やアートを共に楽しむことであり、「物」の豊かさではなく、「心」の豊かさ、言い換えると幸福を追求するようになる。前野氏は、農耕革命は、たとえるなら「内臓革命」(食糧エネルギーのための労働)であり、産業革命は「筋肉時代」(製造・物流エネルギーのための時代)、そして、情報革命は「心の時代」だと考えているそうです。
「心の時代」における人々の欲求は、これまでの「安全に暮らしたい」といった生理的・安全欲求や、「いいものが欲しい」「いろんなところに行きたい」といった便利の欲求よりも、「いろんな人と一緒に成長したい」といった「自己実現」の欲求が高まっていきます。この「自己実現」を可能にするのが、情報基盤の進展がもたらす、グローバルに人々がつながる社会なのです。
これまで、関心を示す人が少ない分野にのめりこんでいる人は、少数派であるがゆえに「オタク」と呼ばれ、嘲笑の対象となることもありました。しかし、世界を見渡してみれば、どんなに特殊な対象であれ関心を持っている人は相当数になるものです。ひょっとしたら1万人くらいはいるかもしれません。そうであれば、世界の人口70億人が、それぞれ70万通りの分野について、共に成長し、楽しみ、自己実現できる「オタクの時代」が到来する可能性があります。前野氏は、この現象を「OTAKU」をモジって「ERA OF OTAKZATION」あるいは、「OTAKIFICATION」と命名しています。これは、世界の人々のそれぞれが、自分の好きな分野において仲間を見つけつながり、共に教えあい、高めあい、様々な新たな創造物を作り出していくことができるようになる時代のことです。前野氏によれば、「多様な幸福追求時代」とも言い換えられる時代が情報革命によってもたらされるのです。そして、グローバルネットワーク社会が実現する、こうした真の情報革命時代において、様々なビジネスチャンスがあることを述べて、前野氏は講演を締めくくりました。
前野氏が示してくれた俯瞰的な視点での将来展望は、今後の社会・コミュニティやビジネスの全体最適解を考える上で大きなヒントになると感じました。

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