HOMEへ戻るMCCマガジン藤井 純一「日本一のチームをつくる~組織改革と、モチベーションアップによる~」

藤井 純一「日本一のチームをつくる~組織改革と、モチベーションアップによる~」

2013年09月10日

藤井 純一 近畿大学経営学部教授、前北海道日本ハムファイターズ球団社長  >>講師紹介
講演日時:2013年4月18日(木) PM6:30-PM8:30

北海道日本ハムファイターズ(以下、ファイターズ)は、一時期は万年Bクラスに低迷し、「球界のお荷物球団」と揶揄された時期がありました。しかし、2006年には44年ぶりに日本一を達成。昨年(2012年)も、大黒柱のダルビッシュ有が抜けたにもかかわらず、3年ぶり6度目のリーグ優勝、クライマックスシリーズにも勝利して日本シリーズに進出するなど安定した強さを持つ球団となっています。観客動員数も低迷期は年間150万人を割るほどでしたが、現在は約200万人前後で推移しパシフィックリーグでは福岡ソフトバンクに次ぐ人気を誇っています。


経営面では、2003年には46億円の赤字を出すなど、親会社からの「広告宣伝費」で補てんするにしても悪化の一途をたどっていました。しかし、2004年を境に売上高上昇に転じ、2007年には単年度黒字を果たし、現在に至るまで黒字経営を続けています。
ファイターズを常勝球団に変え、また経営を黒字化することに貢献した立役者が藤井純一氏です。藤井氏はドラフト会議の抽選において2007年には中田翔、2010年には斉藤祐樹を引き当てたことでも有名です。しかし、セレッソ大阪、そしてファイターズを再建に導いた藤井氏の経営スタイルには、運だけには頼らない明確なビジョンや活動方針と徹底した経費管理がありました。
藤井氏はJリーグのセレッソ大阪の経営を立て直した後、2004年にファイターズに就任しましたが、最初に見たものはファイターズの生ぬるい体質だったそうです。藤井氏はファイターズの当時の問題を5つあげました。
まず、日本ハムという親会社の存在があるため、つぶれないという甘えがあったこと。いわゆる「親方日の丸意識」です。次に、50人ほどの社員数にもかかわらず中間管理職が多く、官僚的な組織であったこと。そして、フロント社員はシーズン中のホームゲームを見ることも仕事の一つとしていたこと。4つめはリーダーシップをとれる人材が育っていないこと。5つめは業績が非公開のため経営状態を社員が把握していなかったことです。
こうした状況がチーム、そして業績の低迷の原因となっていると藤井氏は感じたのです。
そこで、藤井氏はまずビジョンを構築し、活動指針を明確にして、チーム、およびフロントの意識改革に臨みました。まず、ファイターズの企業理念を「Sports Community」と定め、地域の人々の生活に近い存在としてのプロ野球を目指し、経営理念は「Challenge with Dream」とかかげ、既成概念にとらわれず、挑戦することを奨励しました。実際、社員には「失敗を恐れるな」と鼓舞してきたそうです。
活動指針は「Fan Service 1st (ファンサービス・ファースト)」。チーム(選手)に対しては、なにより勝利すること、そして、夢や感動を与えること、ファンと積極的に交流することを求めました。一方、フロント社員には、強いチーム作りをすること、スポーツエンタテイメント、つまり、娯楽としてのスポーツを演出すること、そして、企業理念である「Sports Community」、すなわち、スポーツを生活に近い存在にするための地域密着の活動に取り組ませたのです。
藤井氏はとりわけ「ファンサービス」を重視しました。「見せる野球」から脱却し、観ていただける野球へと変えていきました。
たとえば、ファイターズにとってグラウンドは「舞台」であり、ユニフォームは「舞台衣装」にあたります。それならば、ユニフォームは観客に夢や感動を与える「見栄えのするもの」でなければならないという想いを込めてデザインされています。
フロントの改革においても、親会社の補填に頼らない「自分たちで自立した会社になること」、「地域の人々に支持され、必要とされる会社になること」を目標に掲げ、お客様(ファン)の顔を向いた組織となるために、ビジョンを共有し、全員がプレーヤーの意識を持って、チームワークで仕事にあたることを徹底しました。個々の権限も明確にし、大胆な権限移譲も行ったそうです。また、数字の意識の欠如も生ぬるい体質の大きな原因となっていたため、事業予算を公開して現状の厳しさを認識させつつ、無駄な経費削減に積極的に取り組んだそうです。
この結果、今やフロント社員は、試合運営に直接関与する社員を除き、試合を見ることはなく、各自がやるべき仕事に注力しています。そして、札幌ドーム内の一部をディスコに仕立てる「オヤジナイト」や、毎年人気の高い「婚活シート」など、斬新な企画を次々と生み出し、集客力向上に貢献しています。また、選手による学校訪問や、ファイターズが運営する「ファイターズ農園」など、地域にとっての必要財となるための活動も積極的に取り組んでいます。
経費については「自分のお金と思え」と藤井氏はフロント社員に説き、外注していた業務を内製化したり、「合い見積もり」を取るなどしてコスト削減にも成功。観客動員数の拡大による収益増ともあいまって、球団経営の黒字化を達成することができたのです。
ファンクラブの拡大も顕著です。2005年には3万6千人ほどだった会員数は、2011年には10万人を突破。藤井氏によれば、ファンクラブ会員の札幌ドーム来場率は35%に上り、会費収入を得るとともに、安定した観客動員を確保する基盤ともなっています。
ファンクラブ会員にはメンバーズカードを配布していますが、会員継続期間に応じてレギュラー→ブロンズ→シルバー→ゴールド→プラチナと昇格していく仕組みを導入しています。上位のカード保有者ほど、札幌ドームの良いシートを押さえることができるなどの優遇サービスを提供することで、会員継続率を高めたのです。藤井氏曰く、「入会特典」は12球団中最も費用をかけていないそうですが、新規に入会してもらうこと以上に、ファンクラブを継続してもらうことに力を入れたことが会員数10万人を達成することに寄与したものと思われます。
かつて、ファイターズが東京の後楽園ドームを本拠地としていたのは、関西を地盤としていた日本ハムが、関東圏での知名度を上げるための広告塔としての役割を果たすことが目的でした。
しかし、日本ハムが今や誰もが知る企業となり、業界No.1となったとき、東京に本拠地を構える必要性は薄れました。そして、ファイターズの経営再建には地域密着型の活動が重要だと考えられていましたが、首都圏での地域密着は難しいとされていたことから移転することにしたそうです。当時、北海道には巨人ファンが多いこともあり、ファイターズの移転については疑問視されました。しかし、藤井氏率いるファイターズは札幌ドームを本拠地に全道の地域住民の心をつかみ、強い野球、優れたファンサービスを展開し、見事経営の黒字化を果たすことに成功しました。
藤井氏は、サッカーも野球もやったことがなく、スライダーがどちらに曲がるかもわからないそうです。そのためか、ファイターズ監督の選定基準は「ファンサービスができること」だけと明言します。関西人らしく、ひょうひょうとしながらも、経営の要諦はしっかり押さえられている藤井氏の経営スタイルは、あらゆる企業に通用するのではないかと感じたお話でした。

メールマガジン「てらこや」で更新情報をキャッチ!

「てらこや」は、「学び」を改めて見直すきっかけとなるようなさまざまな情報の提供を目的に発行している無料メールマガジンです。慶應義塾の社会人教育機関である慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)が毎月発行しています(原則第2火曜日)。