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夕学レポート

2014年02月11日

大木 聖子「教養としての地震学」

大木 聖子 慶應義塾大学環境情報学部 准教授 >>講師紹介
講演日時:2013年7月26日(金) PM6:30-PM8:30

地震や津波、台風、豪雨などは、実のところ単なる自然現象に過ぎません。仮に日本列島が無人島であったなら、地震が起きようと、津波が来ようと人々にとっての災害は起きません。人々がすむ社会を地震や津波といった自然現象が襲うから、なんらかの被害をもたらしてしまうのです。したがって、人間が変わったり、社会が強くなったりすることで、災害は減らすことができると大木氏は主張します。
大木氏は地震研究を専門とする地球科学者です。地球科学者は様々な自然現象を解明することを主な目的としていますが、地震や津波が起きる仕組みを解明したからといって、それだけで災害が減らせるわけではありません。現在の科学技術では、いつ地震が来るかを正確に予知することは困難です。
 


また、東日本大震災で判明したように、どんなに高い防波堤を作ったところで、それを超える津波が押し寄せてしまえば無力です。大木氏は、もっと人間の心理、行動の特徴を理解し適切な教育を行い、人が変わることで災害を極力減らす努力が重要だと考えています。
そこで大木氏は、地震や津波などによる災害の大きさを左右してしまうことになる心理・行動上のバイアスをいくつか紹介してくれました。ひとつは「正常性バイアス」と呼ばれるもの。例えば、集会場などで突然非常ベルが鳴ったとしても多くの場合、人々はすぐに逃げようとはしません。「誤報かな?」「訓練だろう」「きっと大丈夫」などと自ら抑制して慌てないようにしてしまうのです。危険が迫っているにも関わらず逃げ遅れてしまい災害に巻き込まれてしまうのは、この「正常性バイアス」によるものです。
また、逃げ遅れる原因として「同調バイアス」が挙げられます。これは、大勢の人々の中にいる時、自分の意思で行動するのではなく、周囲の人々の行動に自分を合わせようとするものです。非常ベルが鳴っているけれど周りの人はだれも動こうとしない中、自分だけ慌てて逃げようとするのは恥ずかしいものです。こうして、「正常性バイアス」と「同調性バイアス」がかけあわさって被害を大きくしてしまうのです。
逆に、非常ベルが鳴った時、誰かが「避難するぞ」と真っ先に逃げ出したらどうでしょうか。「大丈夫だろう」という正常性バイアスが断ち切られ、その一人の行動によって「わたしも避難しよう」と他の人が続き、その同調性バイアスのおかげで次々と人々が逃げ出し始めることでしょう。釜石市では東日本大震災の時、約3千人の小中学校の生徒たちが素早い避難を行い「釜石の奇跡」と呼ばれました。子供たちに防災教育をしたのは片田敏孝氏(群馬大学大学院教授)です。「自分の身を守ることを第一に考え、キミたちが最初に逃げなさい」と指導したことが効果を発揮したのです。そして、「津波が来るぞ」と子供たちが逃げている姿を見た周りの人たちも同調したおかげで、多くの人々が津波に巻き込まれずに済みました。
だれしも、「経験をしていないもの」に対してはなかなかリアルな想像ができないものです。50cmの深さのプールでおぼれることはまずありませんが、津波は50cmのほどの高さでも足をすくわれ危険なのです。しかし、それほど津波は危険だということをリアルに感じることができません。同様に、台風でも、風速15メートルとは自転車がこげないほどであり、降水量30mmがバケツをひっくり返したほどの雨量になることをリアルに想像できません。このように、私たちは想定外に備えることが得意ではないのです。そもそも、「想定外」とは科学的にも予測できなかった事態を意味します。ですから、いかなる想定外においても失ってはならないもの、それはすなわち自分や家族の命であり、それを守るための行動が大事だと大木氏は訴えるのです。
次に、大木氏は地震の起きる仕組みを解説してくれました。地震とは、ひとことで言えば地中の「岩(岩盤)」が割れることです。このために地面が揺れるという現象が起きます。地面が揺れるのは結果に過ぎないということです。1995年の阪神・淡路大震災の時は、淡路島から神戸にまたがる50kmにわたって地面が割れたことがわかっています。この地震の規模はマグニチュード7でした。
一方、東日本大震災では、太平洋側の東北沿岸が南北に500km、東西に200kmの広範囲で地面が動くほどの規模の岩盤の割れが起きたとみられており、マグニチュード9という超巨大地震となりました。ちなみに、マグニチュードは1単位大きくなると32倍、2単位大きくなると約1,000倍のエネルギーを有していますので、マグニチュード9の東日本大震災は、マグニチュード7の阪神・淡路段震災が1000個同時に起きたようなものであり、いかに巨大なものであったかがわかります。
日本列島は、面積比では世界の1%しかないにもかかわらず、世界の地震の10%が起きている地震国です。大木氏によれば、関東地震、東海地震、南海地震など、大きな災害をもたらす可能性の高い巨大地震がどのあたりを震源に起きるかは、これまでの研究で判明しているそうです。しかし、マグニチュード7クラスの直下型地震は日本のどこにでも起きる可能性があるのです。
問題は、いつ起きるかを予測することが大変難しいことです。なぜ地震予知が難しいのか、大木氏は3つの困難を上げます。ひとつは、岩盤が割れるという現象の仕組みがわからないことです。なにしろ、地下で起きることですから、どういう現象が起きているのか直接観察できません。2つ目は、実験で検証できないことです。実際に地震を起こしてみる実験などできるはずもありません。3つめはデータが乏しいこと。地震学者は古文書にも当たって過去にどの程度の規模の地震が起きたかを丹念に調べているそうですが、地震について十分なデータを集めることはなかなかできないのです。
直接観察できず、実験もできない地震学者ができることは、地震計を利用して地震波を測定し、緻密に分析することです。地震学者なら地震波を見ることで、地震の規模や影響範囲などが手に取るようにわかるそうです。しかし、だからといって予知ができるということにはなりません。大木氏は子供たちに対して地震の話をする際、「地震が犯人だとすると、地震計は犯人の足音を録音しているのよ。つまり地震学者は探偵なのよ」という説明をするそうです。そして、子供たちからの「地震の予知はできないんですか?」という質問に対しては、街中で歩いている人を見て、「この人は将来窃盗するに違いない」と言い当てるのが難しいのと同じように、いつ地震が起きるのかを確実に予知することは、少なくとも現在の科学技術では大変難しいことだと説明しているそうです。
ですから、大事なことは地震が起きたときに災害を最小限でくいとめるための防災であり、教育です。淡路・淡路大震災のとき、亡くなった80%の人は「圧死」が原因でした。つまり、家が壊れたり、倒れてきた家具の下敷きになったのです。そこで、大木氏が提唱する「いのちを守る3つのポイント」は、「落ちてこない」「倒れてこない」「移動してこない」ということ。すなわち、十分な耐震設計の家屋に住むことはもちろん、家具などをしっかり固定することが、地震による人的被害を最小限に抑えることにつながるのです。
一方、東日本大震災の場合は、家屋が倒壊しにくい揺れだったそうです。しかし、亡くなった人の90%が津波によるものでした。大木氏によれば、マグニチュード8クラス以上になると津波が起きる可能性が高くなります。もちろん、地震が来たときにどのくらいの大きさかをすぐに判定することは困難です。大木氏は、揺れている時間が1分以上続いたら津波が来るだろうと考え、すぐに避難すべきだと提案します。
東日本大震災の際には、地震が起きてから津波が来るまで30分ほどの時間がありました。その30分の間、多くの亡くなられた人にはまだ命があったのです。大木氏はこのことに地震学者として無念さを感じると同時に、今後確実に起きるであろう大地震に遭遇することになる未来の子供たちの命を守るために、私たちがやれることをやるべきだと主張して講演を終えました。
 

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