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夕学レポート

2014年12月09日

小川 進「ユーザーイノベーション:消費者からはじまるモノ作りの未来」

小川 進
神戸大学大学院経営学研究科 教授
講演日時:2014年5月22日(木)

小川 進

小川氏はまず、「モノが足りない時代」から「モノ余りの時代」への転換点が1971年にあることを「一日あたり摂取カロリー数の推移」のグラフを元に示しました。日本人の一人一日当たりの摂取カロリーは終戦の年の1945年以降、上昇していきます。しかし、1971年の2287キロカロリーをピークに下降線を描くのです。2005年には1904キロカロリーにまで摂取カロリーは減少しています。
1971年以前のモノが足りない時代には「作れば売れる」という状況でした。しかし、現代のモノ余りの時代においては、消費者の様々な欲求は基本的には充たされており、消費者に支持される新商品の開発は難しくなっています。では、どうしたらよいか。
 
小川氏は、商品開発は本来、メーカーの開発担当者の役割ではあるけれども、実は消費者自らが、新たな用途開発や新商品開発といったイノベーションを起こしている事例がたくさんあると指摘します。

例えば、近年人気の「マウンテンバイク」は、米国の若者たちの「山遊び」を通じて生まれたものだそうです。一般の自転車では乗りにくい、起伏が激しい山中、また泥地のようなところでも走りやすく、制御しやすいように、太めの「ファットタイヤ」や、「バイク用のブレーキ」などが採用され、現在のマウンテンバイクへと進化したのです。

また、オリンピック競技にまでなった「スノーボード」の起源は「キックボード」です。ボードにハンドルがついていて、小さい子どもたちが足で蹴って遊ぶのがキックボード、このハンドルを取ったものが「スケートボード」です。大邸宅の多い米国西海岸で、邸宅内のプライベートプールに水を張っていない時、おわん状のプールの中で子どもたちはスケートボードで遊ぶようになり、さらに雪の上で楽しむ「スノーボード」へと広がっていったのだそうです。

小川氏はさらに、日本の事例として、釣り道具の「竿中とおるくん」という製品がまったく異なる用途のために売れていることを教えてくれました。この製品は本来、釣竿の中に糸を通すための形状記憶合金で作られたワイヤーです。ところが、この製品が「巻き爪」を直すために効果があるということを消費者が発見し、巻き爪に悩む消費者の間で広がっていったそうです。アマゾン等のECサイトのレビューでも9割方が、「巻き爪治療用に使用している」といったコメントなのだそうです。

医療の世界においても、消費者は様々なイノベーションを生み出しています。足を失った人が、山登りにも耐えるほどの優れた義足を開発したり、糖尿病患者が自ら、注射の跡が残りにくい、新たなインシュリン注射器具を考え出したりと、枚挙にいとまがありません。

では、現実にはどのくらいの消費者がイノベーションを生み出しているのでしょうか?日本、米国、英国の3国で実施された調査によれば、日本では18歳以上の約470万人が「消費者イノベーター」だと推定されています。同様に、米国では1,600万人、英国では290万人が消費者イノベーターだと推定されているのです。

日本の場合、「住居関連」の消費者のイノベーターが多いことが特徴としてあげられるそうです。これは、日本人が、スペースの限られた住居で、より快適な住まいを目指して様々な知恵と工夫をこらしているからだろうと、小川氏は分析しています。
他には、英国の「造園関連」のイノベーターが多いことをあげられて、英国人は自宅の庭(ガーデン)を美しく仕上げることに熱心で、毎年開催されるガーデンのコンテストには女王陛下が出席され、それがBBCで放送されるほどだからだろうということでした。

それぞれの国の消費者の興味・関心が高い分野において、より多くのイノベーターが生まれやすいということが言えます。小川氏によれば、消費者が起こすイノベーションの特徴は、企業が取り組むイノベーションよりも低費用であることも調査研究から判明しています。

小川氏は、消費者からイノベーションが生み出される要因として「多様性の高さ」を指摘、あるシミュレーションの結果について次のような比喩を使って説明されました。トップクラスの登山家だけを集めたプロチームとアマチュアのチームの、どちらが速く山頂に到達するかをシミュレーションしたところ、何度やってもアマチュアチームが勝つという結果になったそうです。トップクラスの登山家は、過去の知識や経験に基づく「定石」に従ってしまうのに対し、アマチュアは定石を知らないため様々なルートを試し、その結果、より速く登れるルートを発見できるのです。

同じように、「定石」を知らず、様々な考え方を持つ消費者だからこそ、企業の開発担当者が思いもしなかった、新たなイノベーションが生まれるのです。ただ、多くの日本企業は、消費者イノベーターとの付き合いが上手ではありません。そもそも全体から見れば圧倒的に少数のイノベーターのアイディアは、プロの開発担当者から見れば「外れ値」に過ぎません。すなわち、異端なアイディアは、「素人考え」「おもちゃ」と一笑に付してしまいがちなのです。

しかしながら、大衆の知恵を集めることで優れたアイディアや解決策を生み出そうとする「クラウドソーシング」が注目を集めているなか、企業は、消費者イノベーターと上手に付き合い、彼らのアイディアを借りつつ、新たなイノベーション創出に取り組むべきなのです。
ただし、小川氏によれば、消費者イノベーターが、繰り返し、斬新なアイディアを生み出すことは難しく、「一発屋」に終わることが多いのだそうです。したがって、消費者イノベーターを「個人」としてではなく、「コミュニティ」として組織化するような取り組みが有効だろうと、小川氏は考えています。

インターネットの浸透により、消費者の多様な意見やアイディアを吸い上げたり、消費者との対話が容易になった今、ユーザーイノベーションはますます活発化するのかもしれません。

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