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藤原 和博 「正解のない問いに向き合う力」

2015年02月10日

藤原 和博
教育改革実践家
講演日時:2014年10月2日(木)

藤原 和博

夕学五十講への登壇は今回で5回目となる藤原和博氏。本日の講演テーマは、「正解のない問いに向かう力」でした。結論から言えば、その力とは「情報編集力」です。今回は、4部構成での展開。たまたま隣り合わせた受講者同士での「自己紹介」や「ブレーンストーミング」など、ワークショップ的な時間もあり、明日からでもすぐに使える知識とテクニックを教えてくださいました。
 
第1部は、なぜ今、情報編集力が今必要とされているのか、環境変化についてのお話です。
藤原氏によれば、20世紀は「成長社会」であり、みんな一緒に、ひとつの正解を求めてがんばれば、うまくいった時代でした。
 


この成長社会で重要だったのは、情報を効率的に処理して正解をすばやく見つける「情報処理力」でした。しかし、成長社会のピークは1997年。この年、北海道拓殖銀行や山一証券などの大手金融機関が破たんし、それ以降、日本は長い停滞期を経験することになりました。
 
そして今、21世紀は「成熟社会」です。人々は多様な生き方・価値観を持ち、みんなにとっての「唯一の正解」はありません。こうした時代において、ものごとを進めていくためには、関係者がそれぞれ納得できるような答え、すなわち「納得解」を得ることが必要だと藤原氏は考えています。「正解」はそもそもないのですから、まずはどんどんアイディアを出してみる、そして行動してみる、うまくいかないところがあれば随時修正しながら納得解に近づいていくというアプローチが有効です。藤原氏は、これを「修正主義」と呼んでいます。
 
この修正主義のアプローチにおいて、最も重要な能力が「情報編集力」です。藤原氏によれば、情報編集力をわかりやすく言い換えると「つなぐ力」と言えるとのこと。様々な人々とオープンな議論や交流ができれば、すなわち人々の脳と脳がつながることで、関係者が納得できるような最善の解を求めることが可能になります。情報編集力を駆使して、人々の脳とつながることは「脳」を拡張することであり、それだけ「伸びシロ」が広がるのだと、藤原氏は指摘します。
 
さて第2部は、情報編集力を発揮するための出発点である、人とのつながりをつくるための「自分プレゼン術」のテクニックを実践を通じて学びました。「自分プレゼン」は、従来の「自己紹介」とは異なります。自己紹介では、自分の頭の中にあるものを出す、つまり自分のことを一方的に説明するだけです。これでは相手とのつながりをうまくつくることは難しい。一方、自分プレゼンは、「相手の頭の中に何を映しこむか」を意識します。そのため、相手の頭の中にある要素をうまく使うことが鍵です。
 
自分プレゼン術にはいくつかのテクニックがあります。ひとつは、「キャッチフレーズ(つかみ)型」です。藤原氏自身、講演の冒頭に「私とそっくりな歌手の名前をみんなで一緒に言ってください」という投げかけをされました。藤原氏は、さだまさし氏に瓜二つです。藤原氏の場合、多くの人が知っている有名な歌手に似ている点を伝えることで、印象を強めることができるというわけです。キャッチフレーズ型の場合、元々ユニークな名前を持っていたりすると、それをうまく使うことができます。ユニークな名前を持っていなくても、なんらか自分のことを強く印象づけられるポイントを見つけて、キャッチフレーズ的に用いると良いと、藤原氏は教えてくれました。
 
また、「Q&A型」の自己プレゼンも、初対面の人とすぐに仲良くなる方法として有効です。これは1対1で話すときに、お互いに話すことがうれしく、また30分ずっと話せるような共通したテーマがないか、お互いに質問を投げかけながら探り出していくのです。もし共有できることが1つだけでなく、2つ、3つとたくさんあると、点から線、面へと「共有ドメイン」が広がっていきます。すると、最後は「結婚してもいいくらい」という気持ちになるのだそうです。
 
藤原氏によれば、話すことが楽しい、ポジティブ(プラス)なことよりも、挫折や失敗した体験、病気といったネガティブ(マイナス)なことで共通点が見つかると、お互いの「きずな」はより深まるのだそうです。藤原氏は30代、リクルートで営業本部長まで上りつめた時期に「メニエール病」に罹ってしまい、長い間この病気に苦しめられたそうですが、もし同じメニエール病に罹ったという人に出会ったら、一瞬にして友だちになれるのだそうです。つらい体験を共有しているということは、とりわけ親近感を高めるということでしょう。
 
第3部は、日本人の人生観の変化についてです。
これまでの日本人の人生観は、たとえつらくてもがんばって坂を上り続ければ、やがて坂の上に目指す未来があるというものでした。司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、明治時代に欧米諸国と並ぶ近代国家となることを目指して、人々が奮闘する姿が描かれていました。ただ、この小説の中で主人公として描かれた秋山兄弟のうち、日露戦争でバルチック艦隊を撃滅した秋山真之海軍中将は、49歳で亡くなっています。また同時代を生きた夏目漱石も同様に49歳没です。
 
このように、昔は寿命が短かったため、坂を上り切った後、つまり事を成し遂げた後は間もなくあの世に行くことが多く、「余生」というものがなかったのです。その後を考える必要がなかったというわけです。しかし、今は寿命が倍くらいに延びています。40代の女性だと、あと50年は人生が続くのです。
 
したがって、これだけ寿命が延びた今、坂の後にも次々と新たな坂があるという人生を送らなければなりません。以前は、富士山の頂上を目指して登っていたのが、今は八ヶ岳連峰を登るようなものです。
 
最初に登る坂は多くの場合、「仕事でなにかを成す」過程です。その後に続く坂は、本業以外の様々なコミュニティ(趣味、ボランティア等々)での活動になるでしょう。藤原氏は、本業以外の山以外に、左に2本、右に2本くらいの山があってもいいと考えているそうです。ただ、それぞれには裾野が広がっています。仕事を退職してから慌てて次の山に登ろうと思っても裾野がないために次の山に登れません。ですから、退職前から様々なコミュニティに参加したり、自分で立ち上げたりして「裾野づくり」に早めに取り組んでおく必要があります。藤原氏は、女性は若いときから様々なコミュニティに関わる一方、男性は仕事一筋になりがちのため、とりわけ男性は意識的に裾野づくりをやる必要があると指摘します。なお、藤原氏は『坂の上の坂』という著作もありますが、この本の中で裾野づくりの方法を解説してあるそうです。
 
最後の第4部では「日本の時給を考える」というテーマ。
藤原氏は、「どうやったらもっと稼げるようになるか」のヒントを教えてくれました。世の中には様々な仕事がありますが、ファーストフードやコンビニストアのアルバイトはおよそ時給800円。一般のサラリーマン、公務員、教員などの年収を時給換算すると3,000円~5,000円になります。そして、弁護士・医師では時給3万円となり、さらに世界レベルのコンサルタントだと時給8万円くらいだそうです。コンビニのバイトと比べると実に1000倍の差があります。
 
なぜこれほど仕事によって報酬に違いがあるのでしょうか?それはズバリ「希少性」にあるそうです。すなわち、自分しかできない、かけがえのない仕事ほど希少性があり、価値が高くなるということです。成長社会時代の「みんな一緒」のレベルではダメであり、希少価値のある存在を目指すことでもっと稼げるようになる、というのが藤原氏の提案です。
 
では、どうしたらいいのか。藤原氏自身のキャリアでは、リクルートでまず「営業スキル」を磨き、100人に1人とみなされる評価を得ました。さらにマネージャーとして「マネジメントスキル」を高めました。そして40歳代に、思い切って公教育の世界に飛びこみ、これまで培ってきたスキルを活かして成功を収めたことで今日があるそうです。ポイントは、複数のスキルを組み合わせることです。例えば、100人に1人というレベルのスキルを3つ組み合わせたとすると、100x100×100=100万、すなわち100万人に1人しかいない希少な人材になるということです。
 
また、藤原氏のキャリアの場合、営業からマネジメントは近いところにあるスキルへの横展開ですが、公教育へのチャレンジは大きな飛躍でした。これら3つのスキルを結ぶ三角形が大きなものであったことが藤原氏に対する信頼を高めています。つまり、隣接するスキルを加えていくだけでなく、ちょっと離れた分野のスキルを磨けるようなチャンスを活かすことが、藤原氏の言う「必ず食える1%の人」になる道なのだそうです。
 
これまで延べ1000回の講演を行ってきたという藤原氏のお話は、最後まで目を離せない、有益かつ楽しいものでした。

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