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夕学レポート

2015年06月09日

中村 和彦「組織開発のすすめ」

中村 和彦
南山大学人文学部心理人間学科 教授
講演日時:2015年1月28日(水)

ウィキペディアなどで言葉の意味を調べると、英語版ではたっぷりとした記述があるのに日本語版では薄っぺらな説明しかない項目に出くわすことがある。「組織開発(Organization Development、OD)」もそのような言葉のひとつである。中村教授は、この組織開発の研究者であると同時に、コンサルタントとしての実践者でもある。

短い言葉だが、だからこそきちんと定義を参照しておくことが重要になる。
まず、「組織」とはなにか。中村教授は、組織開発の第一人者であるエドガー・シャインMIT名誉教授の定義を引いて、「ある共通の明確な目的、ないし目標を達成するために、分業や職能の分化を通じて、また権限と責任の階層を通じて、多くの人々の活動を合理的に協働させること」としている。

次に、「開発」とはなにか。Developmentの他の訳語、「発達」「成長」「進展」といった言葉をそばに並べてみると雰囲気が伝わりやすいかも知れない。つまり開発とは、「組織の体質改善」であり、「外科手術というよりは漢方薬や生活改善」に相当するものであり、「自ら気づき、自ら発達・成長させる」ことである、と中村教授は説明する。

外科手術に代表される西洋医学は、身体の特定の臓器(organ)に病因を措定して、その部分に手を入れることで全身の健康を回復しようというものである。一方、漢方薬に代表される東洋医学は、全身をひとつのシステムないしは組織(organization)とみなして、その全体に働きかけようとする。

いまいちど、この医学の比喩を、企業組織に適用して説明する。
外科手術は、組織のハードな側面(構造、仕事の手順、制度、仕組み、戦略)に手を入れることに相当する。「ハード」と言うのは、これらが明文化可能であり、一度設計すれば固定され変化しないものということである。
 それに対し、漢方薬や体質改善としての組織開発は、組織のソフトな側面としてのプロセスに働きかける。「ソフト」と言うのは、プロセスが組織の人間的側面であり、人々の意識によって刻々と変化するものである、ということである。
 
いや、ソフトな側面への働きかけもちゃんとやっている、と人材開発部門(Human Resources)の担当者は言うかもしれない。確かに、研修・トレーニングやジョブローテーションなどを通じて、個々の社員に対する働きかけは盛んに行われている。しかし、そこには既に、個々の部分(人)を良くすれば全体(組織)も良くなる、という西洋医学的な思想が暗黙の仮定として入り込んでいるように思われる。

しかし「人」という個の開発に目を向けるだけで、「人と人」のつながり方、さらには「部門と部門」のつながり方という組織の問題が同時に解決されるとは思えない。組織の問題は、組織全体に同時に働きかけないと、ほんとうの意味での改善が図れないのではないだろうか。

そのような問題意識に立脚するかたちで、すでに米国では、人材開発とは別に組織開発を掲げた部署が多く存在し、部門間で問題が起こった際に適切に介入していくという(そのあたりの彼我の差が、冒頭で述べたウィキペディアでの記述の厚みの差につながっているようにも思える)。

では、漢方薬であり体質改善を目指す方法である組織開発は、具体的にどのように組織に働きかけるのか。中村教授は様々なアプローチを、4つのレベルに分けて説明した。

【個人のレベル】コーチング、トレーニング、リーダーシップ開発など
【グループ(部署、職場)のレベル】チーム・ビルディング、データ・フィードバック、リトリート/オフサイトなど
【グループ間(部署間、部門間)のレベル】グループ間活動、対立葛藤セッションなど
【組織全体のレベル】サーベイ・フィードバック、組織文化の変革、フューチャーサーチなど

個々のアプローチには、すでに日本でも馴染みのあるものが多い。しかし、個々の技法が、全体観を欠いた状態でバラバラに導入されているという印象は拭えない。そのような「個を見て全体を見ない」という態度にはすでに、前述の西洋医学的な見方に通じるものがある。

中村教授は、組織開発は「大きな木」であり、個々の技法は枝葉であると言い切る。枝葉である様々なアプローチを使い分けながら、目指すところはひとつ。組織の構成員がお互いに相手をどう見ているかについて、自分の中で湧き起こっている素直な感情を、相手ときちんと共有することである。

 ジョハリの窓は、片方が無言で広げようとしても広がらない。
 まず自分が自己開示し、相手の存在が自分に与えている影響を伝える。
 それを当事者である相手が理解し、自己認識する。
 その双方向のやりとりがあってはじめて、窓は開放されていくのである。

窓を開放する主体はあくまで組織の構成員であり、組織開発コンサルタントはそのような双方向のやりとりが安全に行われる場を担保し、関わり合いを促す存在にすぎない。すぎないのだが、これが今の日本の企業組織に決定的に欠けている機能でもある。

かつて、職場での協業を通じて、あるいは飲みに行ったり旅行に出掛けたりという中で自然と培われていた上下左右のコミュニケーション。それがいま、仕事はPCに向かって黙々と行う個業化が進み、旅行はもちろん飲み会すら下火になってしまった。成果主義のもとで数字だけが話題とされ、「人」に関する話題はどこかに置き去りにされてしまう。この数十年、IT機器が急速な発達を遂げた一方で、人間のコミュニケーション能力はむしろ低下したようにも思える。

かつてのような、「風通しの良い職場」を取り戻したい。そのために、組織開発という概念とそのための組織が必要とされる現代。
今こそ、「人」や「技法」という見えるものから、「関係性」や「プロセス」そのものという目に見えないものに意識的に目を向けよう。最初の内は、なかなか思うようなものが見えてこないかも知れない。しかし、研修でよく紹介される「ルビンの壺」のように、ひとたび図と地が反転すれば、もはや同じ職場が旧来のようには見えなくなるはずだ。感情が素直に流れる、ただそれだけで、その組織は健全さに向かって、小さくとも重要な一歩をすでに踏み出している。

(白澤健志)

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