KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2015年06月08日

水野和夫教授に聴く、『資本主義の終焉と歴史の危機』

kazuo_mizuno.jpg「マクロくん、水野先生の講演、どうだった?」
「あ、ミクロちゃん。いやあ、とっても刺激的だったよ。レジュメ、見る?」
「ありがと。ええと、タイトルは『資本主義の終焉と歴史の危機』か。何だかフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』を連想させるわね」
「ソ連の崩壊前後に書かれた、民主主義の最終的勝利を唱えた本だね。でも政治制度としての民主主義と違って、経済の仕組みとしての資本主義はもう終わる、というのが水野先生の説なんだ」
「資本主義が終わる?じゃあ世界はどうなるの?」


「それについては講演の最初で水野先生自ら聴講者に釘を刺していたよ。『次がどうなるかは私にもわからないので、それについては質問しないでくださいね』、とね」
「じゃあ私達は、何もせずじっと資本主義が終わるのを待つしかないの?」
「そうじゃないよ。水野先生は、いまのようにむやみに成長を追い求めるのをやめて『よりゆっくり、より近くに、より寛容に』という価値観を持つべきだ、と言っている。『より速く、より遠く、より合理的に』という近代資本主義へのアンチテーゼだね。そのような価値観のもとに『ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ』の『定常社会』を維持しながら、資本主義にかわる次のシステムをみんなで考えて行こう、というんだ」
「ふーん。ゼロ金利といえば、講演の副題が『21世紀の利子率革命と新中世主義』だけど、利子率がゼロになると資本主義が終わるということ?」
「その通り。正確には、利子率=利潤率が2%を下回る状態は『資本を投下し利潤を得て資本を自己増殖させる』という資本主義の原理が機能していない状態であり、これが十年以上も続けば既存の経済社会システムは維持できない、『革命』だ、ということだ。歴史的には17世紀初頭のイタリアの都市国家・ジェノバで金利2%以下が11年間続いたけど、その記録を400年ぶりに更新しているのが現代日本だ」
「400年ぶり?確かに銀行預金の利息が少ないなあとは思っていたけど…」
「日本の10年国債の利回りは1997年以降2%を下回り、2015年に入ってからは0.5%を下回っているよ。日本だけじゃなく、先進国の大半の国で利子率は2%を割っている」
「なるほど、資本主義の終焉、と先生がおっしゃる気持ちもわかるわ」
「ジェノバの場合、行先を失った資金がオランダに流れ込みチューリップバブルを引き起こしたけど、この時初めて、閉じた『環地中海』世界から『無限の七つの海』世界へと空間の概念が拡がった。政治的には国民国家の時代だ。覇権国はオランダ(1624年~)から英国(1722年~)、米国(1921年~)、日本(1978年~)と移行したけれど、以降の前後には共通して低金利とバブルおよびその崩壊が起こった」
「あ、ポール・ケネディの『大国の興亡』を思い出したわ。確かあの本では、資源を獲得した国が経済的覇権を得て大国化するけれど、やがて肥大する軍事費を維持できずに衰亡する、となっていたわね」
「でもそれだと、日本の覇権とその崩壊は説明しづらいね。その意味では、主権国家同士の興亡を扱ったケネディの論考自体が限界に来るような世界になりつつあるのかも知れない」
「国民国家の時代の終わり。それが副題の『新中世主義』ってことね」
「オリジナルは、水野先生も引用しているヘドリー・ブルの『国際社会論』だよ。田中明彦の『新しい「中世」- 21世紀の世界システム』もあわせて読むといいね。ところで2015年に入り、ドイツの10年国債の利回りは日本を下回っている。いま覇権国はドイツ、正確にはドイツ第四帝国ともいうべきユーロに移行しようとしている、というのが水野先生の見立てだ」
「第四帝国?世界はドイツに征服されるの?」
「今のドイツに軍事的、領土的野心はないよ。世界征服とは逆に、ドイツはむしろユーロを帝国化しつつその中に引きこもろうとしている。経済のブロック化だ。そして水野先生もその方向性を支持している。レジュメのP8を見てごらん」
「ほんとだ、『世界:3~4の地域帝国、日本国内:5~6の経済圏』だって。え、『移動の制限』とか『大学4年を8年』『定年を70歳に延長』まで書いてあるよ?」
「『大学』と『定年』は、よりゆっくり社会に出て、よりゆっくり社会から退出する、という話だね。『移動の制限』は、経済ブロック外への移動は制限し、ブロック内の移動は促進するという話だ」
「P4に『一人当たりエネルギー消費量』がここ数百年で急激に伸びているグラフが出ているけど、グローバル化により世界中で交易が進んで、だから移動や輸送にこれだけのエネルギーが投下されているんでしょ。今更世界をブロック経済化するというのは、どうかなあ…」
「強欲な資本主義に任せて経済をグローバル化すれば、国境を越えた富の偏在が加速し、各国内での貧富の格差は増大する。だから世界も日本も経済をブロック化することで、域内に利益を還流させるのが大事だ、というのが水野先生の主張だよ。それに、『実物投資空間』に、現実的に利用可能なフロンティアはもうほとんど残っていない」
「でもP16にあるように、『電子・金融空間』という無限のフロンティアがあって、その市場では国境を越えてミリ秒単位で取引が行われているわけでしょ?」
「そのミリ秒取引を支えているのは、もはや人間ではなく、コンピュータだからなあ。ここから先はレジュメにはないけれど、水野先生は『最近読んだ本の話』として、2045年にAI(人工知能)の性能が技術的特異点に達するという話をしていたな。そうなるとAI自体が自身を超える能力を持つAIを創り始め、もう人間はAIに従属する存在にすぎなくなる…」
「その本、レイ・カーツワイルの『ポスト・ヒューマン誕生-コンピュータが人類の知性を超えるとき』かしら。筋肉を化石燃料に置き換えてきた人間の文明は、今や知能を機械に置き換える時代が来たのね」
「ソウダネ、ダカラコウシテ僕タチガ次ヲ考エル時代ガ来タンダネ、みくろチャン」
「ソウヨまくろクン、人間ニ資本主義ノ次ヲ考エルノハ到底無理ダッタノヨ、ソレハツマリ自ラノ居ナイAIノ時代ヲ考エルトイウコトダッタノダカラ」
(西暦20XX年、AIが遍き存在となった世界での、AI同士の会話より)

白澤健志

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