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清宮克幸 「有言実行」

2016年03月08日

講演日時:2015年11月2日(月)
清宮克幸
ラグビートップリーグ・ヤマハ発動機ジュビロ 監督

清宮克幸

2001年からの早稲田大学ラグビー蹴球部、2006年からのサントリーラグビー部、そして2011年からのヤマハ発動機ジュビロ。清宮克幸監督は常に「優勝」を口にし、そして任期内にチームを頂点へと導いてきた。「有言実行」はこの夜の講演タイトルであるとともに、清宮監督の座右の銘、そしてキャッチフレーズとなっている。

結果が出る前に言葉を投げかける。この「有言実行」を清宮監督が最初に用いたのは、それまで低迷していた早稲田の監督に就任したときだった。関東大学対抗戦を連破していた慶應との対戦を翌日に控え、記者に放った「あすは30点差をつけて勝ちますよ」という言葉は、敵将・上田昭夫監督の「そんな甘いもんじゃないと思い知らせてやる」という言葉とともに、新聞紙面を飾った。そしてこれが、5年連続の対抗戦全勝優勝へのプロローグとなると同時に、上田氏との公私に渡る熱く濃い交流の始まりでもあった。

だがもちろん、「有言」がいつでもすぐ「実行」できたわけではない。ヤマハの就任記者会見では「優勝」をぶち上げたが、トップリーグ一年目の結果は8位。それでも二年目6位、三年目5位と徐々に順位を上げ、昨シーズン準優勝を達成、日本選手権ではついに優勝の栄冠を手中にした。

そのチームを、清宮監督はどう作りあげたのか。

2010年の初め、リーマンショック後のリストラで、ヤマハのラグビー部は消滅の危機にあった。レギュラー15人中、社員選手7名の移籍が既に決まっていた。プロ契約の8名もそれぞれに身の振り方が固まりつつあった頃、リストラを決めた親会社の社長が病気で急遽辞任。新社長はチームの存続を望んだが方針転換は遅すぎた、かに見えた。

「何とかチームに残ってくれないか。」
慰留された8名のうちのひとり、大田尾竜彦選手は会社関係者に対して意外な条件を挙げた。「一つだけ可能性があるとすれば、清宮さんが監督になること」。そしてこう続けた。「そうしたら残りの7名は、僕が説得します」
ほどなくして、この話が清宮監督の耳に伝わってきた。
「やる」
即答だった。

就任にあたり清宮監督は、ひとつだけ条件をつけた。
「現監督の堀川隆延を、コーチとしてチームに残すこと」。理由は、「堀川が、いちばん悔しい想いをした人間だから」。
実際には監督就任まで1年弱の猶予があった。この間、清宮監督は、堀川監督と連絡を取りながら、外からチームを観察し続けた。この、外から見るという期間の存在が、あとから大きな意味を持つことになる。

存続の危機を経験したチームは、ラグビーをやれる喜びに全身を満たしながらその年のトップリーグの試合をプレーした。一試合ごとに、勝てば年間チャンピオンに輝いたかのように喜びを爆発させ、負ければシーズンが終わってしまったかのように悔し泣きをする。
「日本で一番熱いチーム」。この熱を削がないチーム作りをしなければいけない。具体的には、他チームから主力選手を新戦力として入れて、今いる選手の熱を冷ますようなことをしてはいけない。
そこを見極めた上で、清宮監督は、補強策を進めた。勢い、ラグビーから離れかけているような人に声がかかる。所属した3チームすべてでリストラにあっていた田村義和選手などは、勧誘の電話を受けた時、職安にいたという。まるでドラマのような実話である。

3年目、それまでチームの柱だったフィジー人選手が移籍してしまった。代わりに採ろうとしたマレーシア人は7人制ラグビーの選手で、15人制は未経験、スクラムさえしたことがなかった。でもスピードはすごい。どうするか。「採ろう。一つでも長所がある選手は採るべきだ」。2年後の今、この選手は柱のひとりになっている。
「主軸の離脱というピンチがあったからこそ、若い選手が伸びる素地が与えられた」。限られたリソースの中で、逆境をチャンスに変えていく。自身、親しいという池井戸潤氏の小説のようなこの展開を、現実に起こしていくのが、清宮監督の真骨頂である。

なぜ勝てたのか。日本一になって、そう問われたヤマハの選手たちは異口同音に答えた。「ヤマハスタイルを貫いたから」。
チームには、それぞれ固有のスタイルがある。こういうことをやろう、これを大事にしよう。決めたら徹底的に守ってやり遂げる。自分たちのスタイルにこだわるということは、だから勝利への王道である。

だが時には、勝利へのこだわりと、スタイルへのこだわりが両立しない場合もある。

サントリーの監督を務めていた2007年、トップリーグ決勝戦の対戦相手は三洋電機。前年、優勝を目前で逃していたサントリーは、いや清宮監督は、この年どうしても勝ってタイトルを獲りたかった。
だが普通に戦えば、実力差から見て負ける可能性が高い。三洋電気の強みを消す戦術はあった。が、邪道ともいうべきその戦術を採るには、サントリーも自らのスタイルを捨て去る必要があった。

結局、清宮監督はその戦術を採用し、狙い通り三洋電機を抑え込んで勝利した。優勝の喜びに浸りながら、しかし、何か違うという感じが常につきまとっていた。
「今日僕たちは、ラグビーをさせてもらえませんでした」。
その夜のニュースで流れた相手キャプテンのコメントが、勝者であるはずのサントリーに、そして清宮監督に、この上ない屈辱の言葉として響いた。

三日後、練習再開の冒頭、清宮監督は選手に謝った。
「あんな指示をして悪かった。次は自分たちのスタイルで勝とう」。
翌月の日本選手権決勝は、再び三洋電気との対戦になった。サントリーは、自らのスタイルを貫き、完敗した。だがそこには、ラグビーをした、という確かな自負があった。

「監督として選手に対する接し方と、親として息子に対する接し方は、変わらない」。
今夏の甲子園で活躍した早実・清宮幸太郎選手を念頭に置いた会場からの質問に、清宮監督はそう答えた。
「今日はどうだった?なんでそうなった?それを訊いていく。本人の言葉で答えさせることで、良いプレーは再現性を持ち、同じミスは繰り返さないようになる、そういう習慣がつく」
「中学まではスポーツ時の姿を全て映像で記録し、終了後に見せて自分で言語化させていた。野球は全試合全打席が映像で残っている。水泳なら、背泳ぎしながら沈んでいった様子を見せる。映像を見なかったら本人は何が起こっているかわからない。見て、自分の取っている行動を言語化する。それによって論理的に思考し、改善することができる」
 
ワールドカップ効果でラグビー人気は高まりつつある。だがそれに応えて行く姿勢が、関係者の側に足りないことを、清宮監督は嘆く。嘆くだけでなく、ちゃんと発言し、働きかけ、現実を変えようとする。

サテライト会場からの「ラグビーができない」という悩みに、清宮監督はこう答えた。
「ラグビーをする環境がないと嘆くなら、その場所を作ればいい。ラグビーをする人がいないと嘆くなら、他の人たちに教えればいい。そういう環境を作れる、そういう働きかけができる、そういう人間を作れるのが、ラグビーの魅力だと思います」。

2019年のワールドカップ日本開催、さらにその先を視野に入れ、清宮監督の「有言実行」はこれからも続くだろう。
講演の最後、もういちど演題を振り返って、清宮監督は言った。
「確実に達成できることを発表しても有言実行とはならない。ちょっとやれば手が届くことだから有言実行になる。なかなか思うようにはいかない。けれど、いやだからこそ、チームをマネージするという仕事は面白い」。

(白澤健志)

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