HOMEへ戻るMCCマガジン藤巻 幸夫 「老舗ブランド再興に懸ける想い」

藤巻 幸夫 「老舗ブランド再興に懸ける想い」

2004年11月09日

藤巻幸夫 福助株式会社 代表取締役社長 >>講師紹介
講演日時:2004年6月2日(水) PM6:30-PM8:30

伊勢丹のカリスマバイヤーとして名を馳せた藤巻幸夫氏が、民事再生法の適用を受けた「福助株式会社」の再建のため、代表取締役社長に就任したのは昨年の10月1日でした。以来、マスコミでも度々取り上げられてきた「時の人」の登場となった今回の『夕学五十講』は、満席の人気でした。そして、登壇された瞬間から、強烈な元気パワーを発散する藤巻氏は、会場一杯の聴衆を自分のペースにぐいぐい引き込みます。実に熱い2時間のご講演となりました。


さて、福助では、300人の社員とともに再建のスタートを切った藤巻氏ですが、建て直しに当たって基本に据えていた考えは、「社員の心をどう動かすか、変えていくか」ということだったそうです。
藤巻氏が、福助の現状においてまず問題だと思った点は、社員間、上下左右のコミュニケーションがほとんどなく、社内の雰囲気が暗いことでした。例えば、以前の経営層はほとんど現場を見ていなかったようです。明治創業、120年の伝統ある会社だけにお堅い序列意識が残り、以前は社員が役員とすれ違う際には、3 秒間立ち止まり45度の礼をしなければならなかったほどでした。藤巻氏はこうした古いしきたりを早速撤廃しました。
また、企画、生産、営業の各部門の連携がまるでとれておらず、お互いに責め合うような状況を粘り強く改善していきました。そして、とにかく社内を動き回り、社員一人一人を自ら元気づけ、雰囲気を明るいものに変えていきました。このような、社員との積極的な関わりを通じて意識を変えていくやり方に対しては、様々な抵抗や反発が生じたそうです。しかし、藤巻氏は、逃げずに本気で立ち向かえばきっとわかってくれるという信念を持って取り組みました。実際、着任当初、けんか腰になるほど対立した幹部の一人とは、とことん話し合った結果、今では頼りになる右腕として活躍しているそうです。
藤巻氏は、商品の改革にも着手しました。これまでの福助の商品は、一言で言えばセンスに欠けたダサイものだったそうです。その原因が、消費者ニーズの変化についていけていないことであるとわかっていた藤巻氏は、担当社員を連れて原宿に出かけます。原宿の街を歩く人々を観察したり、店頭で競合商品を触らせてみて、肌で消費者ニーズを感じ取らせたのです。また、新商品開発の段階では、藤巻氏の元カリスマバイヤーとしての経験を注ぎ、企画担当者を直接指導しました。こうして出来上がった福助の新商品は、これまでのものとは大きく異なる、斬新で魅力的なものになり、発売後の売れ行きも好調だそうです。
そしてもうひとつ、藤巻氏が力を入れているのは「福助」ブランドの確立です。「福助」という名は誰もが知っています。福助さんにまつわる江戸時代の話や創業以来の120年間に培ってきた伝統があります。しかし、社員でさえ、「福助はブランドではない」と公言していました。しかし、藤巻氏は、伊勢丹時代から日本発のブランドを世界に発信することをやってきました。その藤巻氏にとっては、「福助」も素晴らしいブランドになりえるという確信があったのです。
そこで、藤巻氏は、まず社員に対して、福助のことをもっと知ろうという働きかけをやっています。実は、かつての本社には、2500体もの福助さんの人形が置いてあり、創業当時からの広告資料などが保管されていたにも関わらず、その存在を社員のほとんどが知らなかったそうです。藤巻氏はそうした福助に関わる様々な資料などを公開することで、福助ブランドを広めようとしています。
さて、藤巻氏は、会社の最大の敵は競合などではなく「変化」だと考えているそうです。「変化」についていけない会社が負けてしまうのです。逆に「変化」を味方につけることができれば勝てます。まさに、福助は、消費者ニーズの変化に遅れをとり、一度負けたわけですが、変化を見る目に長けた藤巻氏の陣頭指揮の下、確実に再生しつつあります。
まだ現時点では、福助再建に成功したと判断するには早いと思いますが、まずは、「人の再生」から始めた藤巻氏の経営方針は間違っていなかったようだ、と聴衆の皆さんの多くが確信されたのではないでしょうか。

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