HOMEへ戻るMCCマガジン楠木 建 「次元の見えない競争:脱コモディティー化の戦略を考える」

楠木 建 「次元の見えない競争:脱コモディティー化の戦略を考える」

2004年12月14日

楠木 建 一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授 >>講師紹介
講演日時:2004年10月28日(木) PM6:30-PM8:30

『夕学五十講』へは3年ぶりの再登場となった楠木氏には、今回、企業が「どうやって利益を出していくのか」というテーマを「競争戦略」の視点から語ってもらいました。ともすればこみ入った議論になりがちな競争戦略ですが、シンプルでクリアなロジックに基づいて、わかりやすく解説していただいたので、“今日からすぐにでも自社の戦略に応用できそうだ”という納得感を得られた講演でした。


さて、楠木氏の説くシンプルでクリア(しかし説得力のある)ロジックは、次のような基本原則をベースとしています。
WTP(Willingness To Pay)- C(Cost) = P(Profit)
WTP とは、顧客が喜んで払う価格のことであり、Cのコストを引いた結果がProfit、すなわち利益となります。楠木氏によれば、企業が近年取り組んできた、リストラクチャリング、アウトソーシング、BPR、SCMといった経営手法は、基本的に「C(コスト)」を下げて利益を確保しようとするものです。しかし、コスト削減競争には限界があります。したがって、企業は、いかにして「WTP」を上げるか、端的に言えば、「どうやって、より高く売れる商品やサービスを開発するか」に取り組む必要があります。
では、「WTP」を上げるにはどうすれば良いのか?それには、次の3つの論理があるそうです。

  1. ネットワーク外部性に基づく独占
  2. 真似できない、追いつけない・・・ブラックボックス化
  3. わけがわからない・・・非次元的な競争

この3つの論理を具体的に展開する前に、楠木氏は、競争の次元に「見えるか、見えないか」という2つの次元があることを提示します。これは、製品やサービスの「価値の尺度の可視性」のことです。これまで企業は、次元の見える競争をやってきました。つまり、早い、小さい、軽いといった目に見えるスペック(物理的な仕様)において、他社を上回るものを開発しようとしてきたわけです。これは明確なモノサシで、「良し・悪し」が判断できる競争です。
しかし、次元の見えない世界もあります。楠木氏はエルビス・プレスリーのロックン・ロール・ミュージックがお好きだそうですが、こうしたものは、目に見える尺度で他の曲と比較できるようなものではありません。また、「スウォッチ」という時計ブランドは、時間の正確性のようなスペックで選択されているブランドではありません。こうした製品は、良し悪しではなく、「好き・嫌い」で判断されるような次元の見えない、すなわち「非次元的な競争」です。
楠木氏は、音楽やファッション業界のような、そもそも次元の見えにくい業界だけでなく、さまざまな業界でも次元の見えない、非次元的な競争が広がっていることを指摘します。例えば自動車は、故障しない、燃費が安い、よく走る、といった次元の見える価値が重視されてきましたが、現在は品質が向上し、次元の見える価値の点ではどの自動車も遜色がなくなっています。したがって、最近は、「そのクルマを買ったら、生活がどのように変わるか」といったコンセプトと、それを重視したデザインの自動車が開発・販売されるようになってきました。「スペック」ではなく「コンセプト」で売る方向へと転換してきているのです。
自動車の例に限らず、目に見える次元的な競争には終わりがあります。例えば「電波時計」は「狂わない」というのが次元的な特徴ですが、狂わない以上の時計はもはや存在しないわけです。したがって、次元的な競争を追求すると、「コモディティー化」を招きます。「コモディティー化」とは、従来の目に見える価値次元での開発競争が限界に達して、差別化が困難となり、「価格」のみが価値の判断基準となる状態です。そこで企業が取り組む施策が冒頭で挙げた「コスト削減」になるわけですが、コスト削減で利益を出せるのは、最安値を提示できる1社(例えば、デル・コンピュータ)だけであり、残りの企業は「差別化が困難であるにも関わらず、コスト競争力」もないという罠に陥るのです。
そこで、コモディティー化を脱し、コスト削減に基づく価格競争に陥らない「WTPを上げるための戦略」が重要になってくると楠木氏は説きます。ここで、WTPを上げるための3つの論理に戻ります。

  1. ネットワーク外部性に基づく独占
  2. 真似できない、追いつけない・・・ブラックボックス化
  3. わけがわからない・・・非次元的な競争

まず、「ネットワーク外部性に基づく独占」とは、マイクロソフトやヤフーオークション(米国ではebay)のように、その商品やサービスの利用者が最も多いために、そこを利用することが顧客にとって最も便利(あるいは利用せざるを得ない)という状況が生まれた結果の独占です。しかし、これは狙ってできるものではありませんので、戦略としては成立できません。
2 番目の「ブラックボックス化」は、次元的な競争を受け入れた上で、他社が真似できない強みを構築しようとする戦略です。パソコンを例に取れば、パソコン本体はコモディティー化していますが、そのサブシステムである「MPU」では、インテルが大きな利益を上げています。それは、MPUが高度な製品であり、他社がなかなか真似できない技術力を要するからです。このように、コモディティー化している製品であっても、そのサブシステムにあたる部品などでは、生産技術をブラックボックス化することで差別化を図ることができるのです。シャープの液晶技術などもそうですが、こうしたブラックボックス化に注力している日本企業が多くなっています。
さて、3番目が、わけがわからない、つまり「非次元的な競争」に持ち込むやり方です。非次元的な競争とは、次元的な競争のルールそのものを破壊し、これまでの価値次元を無意味にする戦略だそうです。楠木氏は、これにも大きくは2つの方法があると説きます。まず、「アウトサイドイン」。具体的には、次元的競争に陥って業績不振となっていたIBMが復活する要因となった「ソリューション」提供が例として挙げられます。ソリューションとは、特定の顧客において製品の使われ方をマッチングするプロセスであり、企業によって最適なソリューションが異なるサービスです。つまり「アウトサイドイン」とは、こうした「見えない次元での価値を顧客が見出す」ように仕掛けるもので、他社がおいそれと真似できないものになります。
一方、「インサイドアウト」という、「見えない次元を顧客に見させる」というやり方があります。これは、「新しい音楽の楽しみ方」を提示したソニーの「ウオークマン」のような、新たなコンセプトを顧客に提示するものです。ゲーム業界の例では、任天堂のゲームボーイは、非次元的な「面白さ」の価値を追求するために、あえて前近代的な8ビット機の性能・機能でゲームソフトを提供しており、「ポリゴン数」や「音質」といった次元的価値を追求したソニーのPS2に対抗して一定の成功を収めています。
さて、このような非次元的な競争において注意すべき点は、顧客がニーズをきちんと表明できないことです。顧客に聞いて出てくるニーズは次元的なものになりがちです。これまでの次元的な世界では、顧客の声を聞くこと、すなわち「マーケット・イン」的発想が有効であったかも知れませんが、非次元的な世界では、顧客に聞いても答えは得られません。しかし、だからといって、製品開発を「プロダクト・アウト」的発想、つまり開発者の感性、いわば「マジック」だけに頼るのも企業としては問題です。
そこで、楠木氏の答えは、「マジック+ロジック」となります。「好き・嫌い」の非次元的な競争においては、感性のようなアート的なものを扱わなければならないという点でマネジメントは難しいものにならざるを得ませんが、なんらかのロジックはあるというのが楠木氏の考えです。つまり、非次元的な競争に打ち勝つためには、マジックを適切にコントロールできる新たなマネジメントが必要だということです。
コモディティー化を逃れ、WTPを上げるために有効な施策としての「非次元的競争」の議論は奥が深いもので、とてもこのレポートではカバーしきれませんでした。今後また、楠木氏が講演される機会があれば、ぜひ、受講されることをお勧めします。

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