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夕学レポート

2020年11月10日

一條 和生「DX時代のリーダーシップ」

一條 和生
一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻 専攻長/教授
IMD客員教授
講演日:2019年10月16日(水)

一條 和生

敵を知り己を知れば

どうも私は大変な時代を生きているらしい。「100年に1回の大変革の中」と一條和生氏はいう。薄々大変だとは思っていたがそこまでとは知らなかった。戦国時代かあるいは幕末並みの、どうもそのような時代らしいのだ。信長や秀吉、家康、勝海舟や西郷隆盛が出てくるような時代である。

「伝統企業がVulnerableな時代」と画面いっぱいに表示される。伝統企業を徳川幕府に置き換えれば正に幕末だ。
「片足は今日に、もう片足は明日に」とかつて未来対策を語ったマーク・フィールズは「フォードのスーパースター」と評された程のCEOだったものの、社会意識が高いミレニアル世代が車の所有を疑問視する、そのような時代の変化に対応し切れず解雇されてしまった。

「DX」(Digital Transformation)において自ら創造的に破壊できるのかが問われている。それとも破壊されていくのか。次にトヨタの豊田章男社長のプレゼンの様子が紹介される。

衝撃的なのはその内容だ。トヨタは「自動車製造企業からモビリティ企業へ」と変革するというのだ。企業ビジョンの大変化を選択したトヨタ。一見すると謎のようなソフトバンクとのジョイント・ベンチャーも戦略的ビジョンの変化の一端で、根本的な意思決定の変化が求められ「DXはCEOアジェンダ」とまで一條氏は言い切る。

CEOアジェンダが決定されれば、それを実現するためのコンセプト、様々な意思決定、細かいところでは報酬体系など諸々変える必要がある。トップがこれまでとは異なったレベルでの戦略的で新たなそして世界的で(横の)、次世代を見据えた(縦の)ビジョンを描くことが重要になっている。

つい最近まで栄華を誇り最先端のグローバル企業が斜陽の道をたどることも稀ではない。

その背景にあるのはデジタル化の波とミレニアル世代の高い社会意識で、例を挙げればアパレルのザラがデジタル面でアマゾンに敗れ、同時にリアルの世界でもミレニアル世代に(かつては斬新な方法と謳われた手法が今や)商品ロスだと叩かれる。ここで指摘されるのはミレニアル世代へのアプローチ法や高い社会的問題意識にどう訴求するかであり、単にeコマースをすればいいということでない。成功例として紹介されたグッチ、エバーレーン、プラダはどこも劇的な変化を遂げた企業である。

けれどもこうした動きに積極的に対応できてない企業が多数(38%)あることも同時に紹介された。既存の考えから抜け切れなかった者が歴史上どうなったかはご承知の通りだ。企業変革の難しさは悪しきカルチャーが変化を阻んでしまっているからで、部門間の壁の存在やリスクを取らない(失敗を認めない)ことなどがこれに該当する。

ここでまたビジョンやコンセプトの大切さに繋がるのだが、トップがどのような姿勢を取っているのか、それを全社員が共有しているのかが肝要と指摘された。アマゾンでは創業者ジェフ・ベゾフが強烈にそれを発信し続けている。「It remains Day 1. (今日はまだ創業初日)」

ややもすれば「アメリカの、それも創業者がまだいる企業だから」とか「うちの会社は長年の経験上できそうにないことがわかっている」と考えがちだが、そんな我々に冷や水を浴びせるが如く一條氏は「2025年の崖」問題を挙げて聴衆に危機感を持たせ根本的なパラダイムシフトをどんどん迫る。

そしてソニーの事例を挙げた。一條氏の講演ではトヨタ、ソニーなどの日本企業の事例もとり上げられるのだが、そのとり上げ方が秀逸である。学者であるから単なる「素晴らしい」で終わらないのは当然だけれど、なぜ素晴らしいのかを歴史的な軸(縦軸)の中と世界での位置づけ(横軸)から適切に解説と評価をしている。

トヨタも同様で、現場を一番よく知る工員にラインを止める権限を与えた点とデザイン思考との共通点を、同時にこれが世界初である点を指摘した。このとり上げ方は、日本の聴衆が自らを「駄目な存在」と決め付けずに、欠点を持ちつつも優れたところも十分ある存在として自分の存在意義を見つめ直せることに繋がっていることだ。

さてソニーは長期間の低迷からの復活の根源を原点回帰すなわち「Day 1」に置いた。自分達の存在意義は何かという原点を、設立趣意書にある「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」に求めたのだった。自分達の強みを尖らせ、ソニーとはどのような企業なのかを再定義し、自分たちの存在意義を問い直す必要があった。今やソニーはゲームも生命保険も扱い、「工場」ではないがゆえ「理想工場」の「工場」を翻訳し表現し直すこともこの再定義に含まれている。

自転車部品の製造会社であるシマノは「自転車を誰よりも知っている」自社の強みをいち早くデジタル化した。勝負のしどころを承知している、つまり世界との戦い方を知っているのだ。自分達の強みを尖らせ、それをデジタルに対応させて(世界に求められる形にして)いる。こうした企業が強い。

トップはそのためのビジョンを社員に提示し、浸透させて実行できるよう戦略的コミュニケーションを取る事が求められ、当然社員の側もそれを理解し実行できるだけの理解及び実行能力が求められるだろう。このように一條氏の講演の組み立て方は聴衆を次のステップへ誘うよう見事に構成されていた。

新しい知識を貪欲に求め理解し、パラダイムシフトを理解する能力と実行する能力を持つ者だけが生き残る。ますます戦国時代であり幕末だ。織田の鉄砲隊に武田の騎馬隊は敗れ、その鉄砲も時代が経てばどんどん旧式になる。武器も戦法もどんどん変化していく。適応能力が求められるのは明白だ。

幕末の志士にならなければいけないような時代のようだ。誰もが勝海舟や坂本龍馬になれないかもしれないけれど、歴史的な転換期を私達は今生きている。かつての幕藩体制の代わりに現代は企業の中で生きていると例えられるだろうか。もしそうなら藩の中で参謀になるも脱藩するもよし、岩崎弥太郎になるもよし。はたまた時代を遡りルソンに渡った納屋助左衛門もありだろう。ここで生き抜いていつの日か戦国時代、幕末と共に令和が「歴史アンケート」で憧れの時代となり、歴史小説で人気の時代になるのならちょっと嬉しい。

即位正殿の儀を前に。

(太田美行)

一條 和生(いちじょう・かずお)
一條 和生
  • 一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻 専攻長/教授
  • IMD客員教授
1958年東京生まれ。一橋大学大学院社会学研究科、ミシガン大学経営大学院卒業。経営学博士(ミシガン大学)。
現在、一橋大学大学院国際企業戦略専攻 専攻長、同教授、IMD(スイス、ローザンヌ)客員教授。
専攻は、知識創造理論、イノベーション、リーダーシップ。
知識創造理論に基づいて、リーダーシップ、企業変革に関する教育・研究活動を進める一方、現在、日本ならびに海外の一流企業のリーダーシップ育成プロジェクト、コンサルティングに深くかかわる。日米の数多くのリーディング・カンパニーで長期的な経営者育成プログラム、企業変革プロジェクトを設計、指導している。グローバルに行っているエグゼクティブ教育が評価され、同分野では世界トップと評価されているビジネススクールIMD(スイス、ローザンヌ)の教授に日本人として初めて就任し(2003年)、現在も客員教授として同経営大学院でグローバルなエグゼクティブ教育に携わっている。2014年4月1日より、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 研究科長として、グローバル・トップビジネススクールにすべくリーダーシップを発揮している。
現在、(株)シマノ社外取締役、(株)電通国際情報サービス社外取締役、ぴあ(株)社外取締役、(株)ワールド社外取締役、日本経済新聞社 日経ビジネススクール アドバイザリーボードメンバー、IFI(ファッション産業人材育成機構)ビジネススクール 学長、日本ナレッジマネジメント学会会長も務める。

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