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夕学レポート

2021年06月08日

石川 善樹「これからの日本と地球を考える視点:ウェルビーイング」

石川善樹
公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事
講演日:2021年4月13日(火)

石川善樹

「奥の思想」とウェルビーイング

石川善樹さんには、4年連続で夕学五十講に登壇いただいている。

毎年テーマを変えて、ご自身がその時々に抱いている問題意識を吐露するように語っていただく講演は、聴く側にとっても心地のよいものである。

今回は、家族の教えから講演が始まった。
ご祖父母が、幼い頃から繰り返し説いたのは「社会への奉仕」だった。長年保護司のボランティアをされていて、出所した元受刑囚の面倒を見ていたという。最後には、地元に多額の資産を寄付した。
石川さんは、ご祖父母から、世の為・人の為に生きることの気高さを学んだ。

お父上は、へき地医療に携わる医師で、石川さんは瀬戸内海の生口島で生まれ育った。
「医者にだけはなるな」というのが口癖だったという。免許に頼って生きると、本当にやりたいことの邪魔になる、という含意だった。自らが医師の道を歩んだことで、できなかったこと、やり残したことがあったのかもしれない。
石川さんは父親から、自分の力で生きることの重要性を学んだ。

お母様は、石川さんの言葉によれば「根拠なき自信」に満ち溢れた人だったという。「あなたはお母さんが産んだだから大丈夫」 事ある毎にそう言って石川さんの背中を押したという。
石川さんは母親から、チャレンジすればなんとかなる、というマインドを学んだ。

-社会のために、自分の力で、チャレンジする-

そうした家族の教えは、石川さんが選んだ「ウェルビーイングの研究と普及」につながっているようだ。

ウェルビーイングには、二つの側面がある。ひとつは「客観的ウェルビーイング」豊かな暮らし、寿命等の指標で測ることができる。

もうひとつは、「主観的ウェルビーイング」幸福感や満足度がそれにあたる。GDP世界第三位、平均寿命世界第二位の日本にとって、客観的ウェルビーイングの注力する時期は終わり、主観的ウェルビーイングに向き合う時代になったことは、誰もが理解しているであろう。

にもかかわらず、日本の主観的ウェルビーイング=幸福度・満足度は低い。国際ランキングで62位、G7では最下位である。
主観的ウェルビーイング=幸福度・満足度の悪化は、政治・社会の混乱を招くという。英国のブレグジット、アラブの春、ウクライナの騒乱などは、いずれも主観的ウェルビーイングの悪化をきっかけにして発生している。
日本でも、由々しき事態が起きる可能性がある。

主観的ウェルビーイングは、社会的寛容度に相関するという。女性の権利、LGBTO、移民等々に対する寛容度が低い社会では、主観的ウェルビーイングも低くなる。これがウェルビーイング研究の定説である。

本当にそれだけなのか?常識にとらわれない思考と行動に価値を置く石川さんは、そんな定説にも疑問を投げかけてみる。
日本の国際ランキングが低いというが、そもそもランキングはどんな指標なのか、誰が作ったのか、どうやって調査するのか、そこから自分で確かめてみようとする。
石川さんは、単身ギャラップ社に乗り込んで、議論を挑んだ。そして彼らと信頼関係を構築し、新たな指標づくり参画する道を切り開いた。
2023年には、石川さんも関わって新たな主観的ウェルビーイング指標を完成させるべく奔走している。

従来型の主観的ウェルビーイングは、人生を「ハシゴ」に擬えてきた、と石川さんは言う。高みを目指してハシゴを上に登ることが幸せや満足につながる、という考え方である。
石川さんは、これを変えるべきだとする。そしてそこには、「日本的な視点」が採用されるべきだとする。

「際限のない高み」を目指すだけではなく、「調和」目指す価値観もあるのではないか、という問題意識である。

石清水八幡宮のおみくじには、「吉」「凶」以外に、「平」というくじがあるそうだ。いわば振り子の真ん中の位置である。しかも「平」が最善のくじだとする。
調和の取れた真ん中である「平」を大事にする。それが日本の伝統的価値観であり、日本人の幸せ・満足にも通底するものである。

日本文化は、「否定の受容」という特色がある。春や夏よりも秋を尊び、祭りのあとの余韻に情緒を見出す。ネガティブを受け容れ、そこに価値を見出す美学とも言える。わびさび、金継ぎ、茶室。西洋人が憧憬する日本らしさでもある。
日本発の新たな主観的ウェルビーイングのヒントはそこにある、と石川さんは言う。

石川さんは、海外の知人が来ると、日本を理解してもらうために神社に連れていくという。
神社には囲いがない。前宮・中宮・奥宮、大事な神、根源的な神ほど奥深くに安置する。奥宮は山奥や海の向こうに配置され、容易にたどり着けない。そんな神社の成り立ちと構造を見てもらうことで、新たな主観的ウェルビーイングの本質を感覚として掴んでもらうことができる、という。

「奥の思想」 「高み」を目指すだけではなく、「奥」を深めていく。

建築家槇文彦先生の言葉によるこの概念こそが、主観的ウェルビーイングとして世界が求めつつある新たな指標の基軸になるものだ。
石川さんは、そう考えている。

概念を言葉に変え、多国語に翻訳し、指標化することで科学になる。

―社会のために、自分の力で、チャレンジするー

祖父母、父母からの教えをもとに、石川さんが提唱する日本的な視点が、主観的ウェルビーイングの新たな指標として結実する日も近いのかもしれない。

(城取一成)


石川 善樹(いしかわ・よしき)

石川 善樹
  • 公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事

予防医学研究者、博士(医学)
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事。
「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念工学など。
近著に『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)など。

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