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小出伸一「ステークホルダー資本主義に基づくセールスフォース・ドットコムの経営」

2021年10月12日

小出伸一
株式会社セールスフォース・ドットコム 代表取締役会長 兼 社長
講演日:2021年6月4日(金)

小出伸一

「Doing well,doing good」が叶えた成長物語

その社名は20年前から知っていた。
たまたまCRMに注力するクライアントを持っていた関係で、「セールスフォース」という名はよく見聞きしていた。
しかし、数あるソリューションプロバイダーのひとつだろうと思っていたし、我が社自身はCRMツールを必要とするような業種ではなかったこともあり、あまり注視したことはなかった。
そんな私が今回、小出伸一会長の講演に興味を持ったのには、きっかけがあった。

知人が最近、セールスフォース・ドットコム(以下、SF社)に転職したと聞いたからだ。
優秀な青年で、長年就職人気ランキング上位にいる業界トップの有名企業に新卒で入社し、順風満帆にやっていた。なのにそこを辞めてまでSF社に入りたかったというのだ。
それを聞いて俄然SF社に興味を覚えたのだった。

聴講に先立ってSF社について予習し、その業績推移を知って驚いた。この20年間ずっと毎年20数%ずつ売上を伸ばし続けていて、2021年度にはグローバルでの売上が約2兆円、時価総額では20兆円と、あのTOYOTAと比肩するくらいに成長しているという。
売上だけではない。1999年に創業者マーク・ベニオフ氏がサンフランシスコの老朽アパートの一室で起業したSF社が、今や世界中に6万人の社員を抱えるまでになっている。

日本法人も同様だ。小出会長が長年の友人だったベニオフ氏に乞われて2014年にCEOに就任した際には四百数十名だった社員が、今では約2000名に増えた。
そして、全世界が喘ぎ苦しむコロナ禍にあっても、その成長の勢いはとどまる所を知らない。否、却って勢いを増しているようにも見える。

2020年8月にはNYダウの構成銘柄に、SF社が石油メジャーに代わって新規組み入れされた。世界を代表するプレイヤーの新旧交代を印象づける大きなエポックを画した。

テクノロジーだけが成長要因ではない

GAFAに代表される、急激な右肩上がりで市場を席巻していく企業は、どこも独自のテクノロジーや革新的なビジネスモデルを武器にしている。
だからSF社も同様に、独自のテクノロジーやビジネスモデルを武器に成長しているに違いない──そんな予断を、この講演は見事に裏切った。
もちろんカスタマーを満足させる優れたテクノロジーを提供していることに違いはない。
だがそれ以上に企業カルチャーへの考え方が極めてユニークで、それが成長の鍵となっているという。

企業カルチャーの構築・維持に多大な投資をし続けることにより、「Great place to work」と称されるまでの環境を実現し、社員のエンゲージメントが極めて高いのだ。
それが証拠に「働きがいのある企業ランキング(open work)」や「働きがいのある会社ランキング(GPTWジャパン)」で毎年1位〜2位に選ばれ続けている。
また「世界で最も持続可能な企業(BARRONS)」「世界で最も尊敬される企業(FORTUNE)」「世界を変える企業(FORTUNE)」に選ばれるなど世界的にも極めて評価が高い。

特筆すべきは「ビジネスと社会貢献を両輪として成長している」ということ。「1:1:1モデル」と呼ばれるフィランソロピー投資を創業以来ずっと続けている。全社員が就業時間の1%(550万時間以上)をボランティア活動に割き、全株式の1%(4億600万ドル以上)をNPOなどに寄付し、全製品の1%(5万1000件以上)をNPOや教育機関に無償・割引でライセンス提供するというモデルを21年間粛々と実践してきた。
老朽アパートの一室で起業した時から、当たり前のように「社会貢献」を続けてきたことにより、ここまでに成長したというのだ。
普通は逆だ。企業がだんだん成長し、体力をつけた頃合いを見計らって、おもむろに始めるのが社会貢献だったはず。
コンプライアンスやSDGsといった考え方はここ数年やっと広く定着してきた感がある。しかしSF社は、そうした言葉が生まれる前から、ずっとそれをコアバリューとして来たという。

絵に画いた餅ではない

では両輪のもう一方のビジネスについてはどんな特色があるのか。講演ではいろいろ紹介されたが、最も印象に残ったのは「データドリブン経営」と「可視化」だ。
どちらも現代の企業ではお題目のように唱えられている言葉だが、SF社のそれは一味も二味も違う。価値観の共有という一見定性的な目標ですら、徹底的なデータ分析によって進められる。
可視化に至っては、例えばグローバルの役員会議や幹部会議もリアルタイムで世界中の社員がスマホで見られるし、さらには社員の誰もがその場で質問したりもできるようになっているという。

「絵に画いた餅ではないんです」と、小出会長は何度も口にした。
ビジョナリーカンパニーという本がベストセラーになったのはSF社の創業より数年前だったが、そこで言われていた「ビジョンの明示と共有」を、SF社はDXにより極限まで実現している。
これは、ベニオフ氏が創業の理念に掲げた「ITの民主化」を社内運営においても徹底した結果だろう。

リモート時代の社員エンゲージメントは

2021年春の段階で多くの大企業がリモートワークを7割程度達成している。しかし、かなりの企業が新人教育には苦慮しているというし、この状態が長引くと社員のロイヤルティの維持が難しくなると懸念する人も少なくない。
SF社の場合はコロナ禍の初期からリモート比率98%を実現しているが、社員エンゲージメントに特段の変化はないという。
それは創業以来ずっと投資してきた企業カルチャーの強固な地盤があればこそ、ということなのだろう。

社会貢献やアライを当然のように事業に組み込む企業カルチャー。もちろん、それ自体は素晴らしいことだとは思うものの、それがSF社の成長の源泉だという主旨については、当初は腑に落ちなかった。
しかしこうして講演を振り返ってみると、パンデミックのような不測の事態に際し、企業カルチャーが確立されていたことがBCP(事業継続計画)的に働いたのは事実だ。何よりそのカルチャーが、人材難が叫ばれるこの数年間に、私の知人のような優秀な人材を1500人以上も誘引してきた現実がある。「Great place to work」であることは言を俟たない。

渋沢栄一にも通じる思想

株主利益のみを追求する「株主資本主義」から、社員はもちろん社会や地球までを含めた全てからの信頼を目指す「ステイクホルダー資本主義」へ。ベニオフ氏が創業時から言い続けてきたことだという。その方法論なのであろう、小出会長は「Doing well,doing good」という言葉を何度も口にされた。

講演後にある質問者から指摘されていたが、渋沢栄一が著書『論語と算盤』で説いた「経済と道徳を調和させなくてはならない」という思想が、偶然にもSF社の思想と共通しているのは面白い。
コロナ禍への対策では経済と防疫のバランスが取れていないのではないかとの議論も盛んだが、相反するように見える物を両輪でバランスを取って行くことが、企業にとっても社会にとっても推進力になるということを学ばされた講演となった。

(三代貴子)

小出伸一(こいで・しんいち)
小出伸一
  • 株式会社セールスフォース・ドットコム 代表取締役会長 兼 社長
1958年福島県生まれ。大学卒業後、1981年日本IBMに入社。米国本社戦略部門への出向、社長室長、取締役などを務めたのち、2006年日本テレコムに入社し、ソフトバンクテレコム副社長兼COOに就任。
その後、2007年12月、日本ヒューレットパッカード 代表取締役社長に就任し、2014年4月、株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)に就任、2018年6月より三菱UFJ銀行の社外取締役、2019年3月より公益財団法人スペシャルオリンピックス日本の理事に就任。

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