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夕学レポート

2023年04月11日

高橋 俊介「人と組織を強くする独学力」

高橋 俊介
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
講演日:2022年12月1日(火)

高橋俊介

学びとは、自ら切り拓くもの――

足らないを知る

そもそも、学ぶとは、いかなる行為なのだろうか。
「勉強」を辞書で引くと、「力の叶わぬ所、心のかなわぬ所をつとめてするぞ。勉強と云ぞ」(『詩経』の注釈書『毛詩抄』二)という記述があり、ほおと思う。重厚なフレーズに何となくわかった気にさせられるが、ほんらい学び勉強するとは、つとめて「叶わない」「足りない」ところを補う行いなのかもしれない、という予感から出発してみる。

そこで「キャリアと独学」である。21世紀の日本では、皆だいたい10~20年の義務教育や高等教育を受けて実社会に出て、その後は企業に勤めたり、起業したり、フリーランスになったり。で引退しても、あと40年くらい生きてしまったりする。

人生100年時代のマルチステージやキャリアパスの節目で、自分の資本がいちいちゼロベースに立ち戻ってしまう心もとなさ。デジタル化に伴うビジネスモデルや社会の変化についていけない焦り。マンネリ化する業務への手詰まり感。いつまでたっても達成できない働き方改革。どこをとっても「不足」感しかない。すべて個人の感想だが、経産省はじめ国を挙げてリスキリングや人的資本経営を盛り立てようとする動きもあり、ここら辺は等しく皆の共通課題と推察できる。

自律的に動くか、敗退か

「リスキリングといったって、工場をつくるのとはわけが違う。大事なのは、学びの『主体性』なんです」

そう言って昨今のにわかブームに異を唱える高橋俊介氏。本講座の常連講師にしてキャリアコンサルタント界の重鎮である。2022年8月に『キャリアをつくる独学力――プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』を上梓したが、そのきっかけになったのは、ふたつ前のW杯・日本×コートジボワール戦だったという。

8年前のあの日。1点を先取し快調に滑り出した日本代表だったが、臨機応変に攻撃システムを変え複雑な戦術を次々と仕掛けてくる相手に対し、想定していたほぼひとつの戦術に頼り切り、最後は必然的に破滅した。一方、記憶に新しいカタール大会での躍進は「監督の采配というより、『自律的に動く』選手が出てきたことが勝因だったんでしょう」

日本サッカーが世界水準に近づいた要因のひとつかもしれない「自律」性は、高橋氏が掲げる「独学」の本質に深く通じる。独学とは単なる自習などではなく、自分の問いから出発して、「全体のプロセスを自分でマネジメントする」学び。国や会社が推奨するお仕着せのリスキリングもいいが、そこに主体性がなくては始まらない。

自律的に回す、正のスパイラル

従来の日本型雇用であるメンバーシップ型に対し、欧米ではジョブ型雇用が主流で、日本も追随すべきという議論がかねてよりあった。しかし、サッカー化したビジネスモデルでは、その「ジョブ」ですらもう固定的ではいられないという。状況を見ながら、局面次第では「ディフェンダーもシュートする」。

つまり、そもそものジョブやキャリアにしてからが、組織の膳立てを受け身でやり続けるだけでは、もういろいろ間に合わない。自律的な学びをそこにマッシュアップし、ジョブもキャリアも自らが汗をかいて回していく時代なのだ。

当然、求められる社員像もジェネラリストではない。強い企業には、専門性をより先端的に高めた「専門性コンピタンシー」を備えた人材がつくる多様性の杜があり、その持続可能性を保つ養分も、やはり主体的学びである。

いかに学ぶか

「バズワードに流されて、本を2、3冊読んだだけで学んだ気になって終わり、という人が多い。でもほんらい、キャリアの背骨は、専門性の高い学びを自律的にやりながら、10年、20年かけてつくっていくもの」

まさに「本を2、3冊読んでわかった気に」なるだけで馬齢を重ねてきた自分は、ここで見事に食らった。ヤバい。もう手遅れでしょうか。だが次いで「まずは自己分析をして、自分の利き手を見極めてみてはどうですか」と情け深いフォローが。自分の得意分野や好きなことを棚卸しして、独学で補強するのだ。

たとえば、主張欲が強くても話すことが苦手なら、プレゼン力をとことん学んでみる。エンパシー(ブレイディみかこさんの「他人の靴を履いてみる」ですね)の強い人なら、心理学を勉強して武器にするのもいい。

運動の方向は、トップダウンを外して「ヨコ」と「ソト」から。

ヨコ:具体的な「事例」を共有して自分のヌケモレを知る。そのために切磋琢磨できるような「開かれたネットワーク」をつくる。社を超え同業種のヨコつながりで学び合ってもいい。
ソト:プロボノで大企業の人が中小企業に赴いてブレストし、お互いに刺激を受け合うといった異業種交流や、パラレルワーク、学会、外部発表を活用する。

上記の場でこまめに能動的思考を癖づけするのが、高橋流独学の真骨頂。議論やインタビュー、あるいは自問自答で、「それをひと言で表すとどうなるか」のチャンクアップと、「それを具体的な事例で示すとどうなるか」のチャンクダウンを繰り返す習慣をつける。

なにを学ぶか

思考の抽象化と具体化の鍛錬には、リベラルアーツが最適である。高橋氏はマーク・トウェインの言葉「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」を引き、あらゆる現象が似た様相で起きるとすれば、すべて生きたケーススタディになり得ると説いた。
歴史、哲学、科学、芸術。土俵は何でもいい。たとえば100年前に起きた事象と目前の課題をなぞらえて仲間や自分自身と議論し、そのプロセスと解を「腹落ち」させることができれば、「自論」(持論にあらず)が形成される。血肉化した自論の蓄積は、いつか「瞬間のひらめき」を生む可能性もある。

そう、偶然性に開かれるには「深い学び」の準備が要るのだ。労をいとわず、フィジカルに思考してついた筋肉はきっと「キャリアの背骨」の強固な支えとなるだろう。
さてワークショップか、読書会か。座して黙考すると眠くなる自分は、むりやりにでも飛び込み・参加型の場所に追い込むしかないのかも。2023年、待ったなしの独学コト始め。

(茅野塩子)

高橋 俊介(たかはし しゅんすけ)
高橋俊介
  • 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
東京大学工学部航空工学科卒業、日本国有鉄道勤務後、プリンストン大学院工学部修士課程修了。マッキンゼーアンドカンパニーを経て、ワイアット社(現在Willis Towers Watson)に入社、1993年代表取締役社長に就任。その後独立し、ピープルファクターコンサルティング設立。2000年5月より2010年3月まで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同大学SFC研究所キャリア・リソース・ラボラトリー(CRL)研究員、同大学大学院政策・メディア研究科特任教授を経て2022年4月より現職。
個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティングに従事。近著に『キャリアをつくる独学力 プロフェッショナル人材として生き抜くための50のヒント』(東洋経済新報社)、ほか著書多数。
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