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夕学レポート

2023年12月11日

一川 誠氏講演「心理学からみた「タイパ」」

一川 誠
千葉大学大学院人文科学研究院 教授
講演日:2023年11月15日(水)

一川 誠

「タイパについての講演」と聞いて、反射的に「動画の倍速視聴」や「映画や小説のまとめ記事」を連想したのだが、そんな単純な話ではないのだろう。
自分も含め、多くの人がなぜこんなにも寸暇を惜しみ効率を何より優先したがるのか以前から気になっていたので、楽しみに聴講した。

あ、本レポートは約3,000文字なので、だいたい4分で読めます。
お急ぎの方は小見出しを手がかりにして読みたい箇所だけ拾い読みしていただいて構いません。

コロナ禍前後の「タイパ」

今回の講演の前半は、『セイコー時間白書』を紐解くかたちで進められた。
https://www.seiko.co.jp/timewhitepaper/2023/
『セイコー時間白書』を作成しているのは、時計メーカーのセイコーグループ株式会社。日本人の「日常」と「人生」における時間の使い方・捉え方を調査する目的で続けられている。調査対象は1,000人以上。年令層も幅広く、なかなかの規模で実施されている。
調査は2017年から始まっており、今年で6回目の発表となる。「ちょうど」と言っては変だが、コロナ禍の少し前から調査されているおかげで、コロナ前後で人々の時間がどのように変化したのか見ることができるのは興味深い。過去の白書も全てウェブ上で閲覧できる。

では、本講演のメインテーマである「タイパ」についての意識は2017年と2023年現在でどのくらい違うのだろうか?
2017年の白書を見ると

時間に関する具体的な意識や行動について聞くと、約7割が「おおよその目安の時間を計算して行動」(68.3%)し、「効率的に進められるよう工夫をする」(66.5%)と答え

とあるので、私達は6年前の時点でも(当然といえば当然だが)時間に追われ効率を重視して生活していたことが分かる。

ところで、あなたが「タイパ」という言葉を最初に耳にしたのはいつだろうか?
私が「タイパ」に出会ったのはつい最近のように思う。せいぜい1年前くらいだ。当初は「時短」と同じようなものだと捉えていたが、よく考えてみるとちょっと違う気もする。
「時短」は字の通り「時間短縮」のことであり、たとえば「時短メニュー」といえば「手間を省いて短時間で作る料理(のレシピ)」を指す。本来なら鍋で調理すべきところを電子レンジでチンするとか、コンビニの惣菜を材料にして別の料理を作るとか、知恵と工夫によって「いかに短時間におさめるか」にフォーカスしているのが「時短」だろう。
一方「タイパ=タイムパフォーマンス=時間対効果」は、必ずしも“短時間”である必要は無い。かけた時間に対して得られる効果が大きければ、「タイパが良い」ということになる。

そう考えると、コロナ禍前は「時短」、コロナ禍に入ってからは「タイパ」という言葉が使われるようになったのもスンナリ理解できる。
通勤や通学に時間を取られ、個人の自由な時間がいやおうなしに削られていたコロナ禍前には、できるだけ時間をかけずにチャッチャと家事などをこなすことが求められていた。ところがコロナ禍に入って多くの人の生活スタイルがガラッと変化し、自分で管理できる時間が増えたことで、かける時間の長短よりも効果の大小の方に注目が移ったのだろう。

何のための「タイパ」?

「タイパ」は仕事や家事など「何かをやらなくてはいけない」場面においてのみ重視されるのだと思っていたが、一川さんの分析によると、タイパテクニックで生まれた時間を趣味や勉強や“何もしないで過ごすこと”に充てたいと考える人が多いそうだ。さして興味の無い動画を倍速再生し、その結果「好きな動画をのんびり観られてうれしい」というのは何だか腑に落ちない話だが、せっかく捻出した時間を使ってただただボーッとするというのはさらにシュールな状況だ。
私などは気づかぬうちにボーッとしていることが多々あるのだが、忙しい人はわざわざスイッチを入れないと(切らないと)ボーッとすることも許されないのだろうか。切ない。

切ないと言えば、タイパを重視する行動に「睡眠」が多く選ばれた一方、空いた時間でやりたいことの1位も「睡眠」という結果が出ているそうだ。
可能な限り効率よく眠りたい。でも本当は効率なんてどうでもいいからもっと長くベッドの中で過ごしたい、という切実な願いが垣間見える。
世界的に見ても日本人は睡眠時間が短く、不眠に悩む人も多いと聞く。タイパテクニックを駆使して必死で睡眠時間をひねりださなくてはならない現状は、問題ありと言わざるを得ない。

時間管理の難しさ

私はフリーランスとして仕事しているので、24時間365日が自身の管理に任されている。独立してかれこれ20年になるので、さすがにもう時間を自由自在に管理できそうなものだが、まったくもって上達しない。勝率はせいぜい2割といったところだ。
一川さんによると、これは「誤った楽観的見とおし」が原因なのだそうだ。過去、計画通りに進められなかった経験があったとしても、人はなぜか「現在の自分ならうまくやれる」と考える傾向があるらしい。

これにはいくつかの理由があるが、そのなかのひとつとして挙げられた「自我防衛機制」の説明を聞いて「うぐぐ」と唸った。自我防衛機制とは「自分自身の心的価値を下げないための心理動力学的特性」で、自身の失敗は認識されにくい、たとえ認識されたとしても記憶に残りづらい傾向にあるそうだ。そういえば私も、締め切りギリギリで泣きながら作業している最中には「なんでこんなことに」「もう二度とくり返さないぞ」と大反省しているのに、納品したらケロッと忘れてまた同じようなことをやらかしてしまう。

「いや、スケジュールに追われるのはわたし自身ではなく別の誰かが原因を作っているせいなのよ」とおっしゃる方もいるだろう。たしかに、そういうケースもある。
でもこれはこれで問題で、不利な状況での失敗なら自身の心的価値を下げにくいのは事実だが、だからこそ「誰か(何か)のせい」をつい利用してしまう心の動きがあるそうだ。
学生時代、試験前に部屋の掃除を始めてしまった経験のある方は多いのではないだろうか。これは「試験前に掃除をしちゃったんだから、点数が悪くても仕方ない(実力が低いわけではない)」という「自我防衛機制」がはたらいている可能性が高い。今後、締め切り前におかしな行動に走ったら「いまの自分は自我防衛モードに入ってるかも」と強く疑うようにしようと思った。

「体感時間」は変えられる

一川さんのご著書に『仕事の量も期日も変えられないけど、「体感時間」は変えられる』というのがある。おそらくこの本の中にも書かれているのだろうが、今回のお話にもたくさんのヒントが散りばめられていた。聴講後、「まずは自分のクロノタイプを調べてみよう」と早速ネットで診断テストを探してやってみたら、私は予想どおりの夜型人間。やはりそうか。午後から夕方にかけて作業効率が上がるそうなので、やっかいな作業はこの時間帯に集中してこなすのがよさそうだ。
こんなふうに自分の身体のリズムや考え方の志向を掴むことができたら、時間を上手に使ってメリハリのついた生活を送れそうだ。

こうなったら一川さんのご本を読んでしっかり勉強しようと思ったが、明日あらためて書店まで出向く時間がもったいないのでネットでポチっと買うことにした。よし、タイパタイパ。

(千貫りこ)


一川 誠(いちかわ・まこと)

一川 誠
  • 千葉大学大学院人文科学研究院 教授

1965年宮崎県生まれ。大阪市立大学文学研究科後期博士課程修了後、カナダ・ヨーク大学研究員、山口大学工学部感性デザイン工学科講師・助教授、千葉大学文学部助教授・准教授を経て、2013年より現職。
専門は実験心理学。時間に関する学際的研究領域である「時間学」に興味を持ち、2000年の山口大学時間学研究所や2009年の日本時間学会の設立に携わる。実験的手法を用いて人間の体験する時空間の特性や、人間の知覚、認知、感性の特性についての研究を行なっている。
著書に『仕事の量も期日も変えられないけど、「体感時間」は変えられる』(青春出版社)、『「時間の使い方」を科学する』(PHP新書)、『時計の時間、心の時間 退屈な時間はナゼ長くなるのか?』(教育評論社)、『大人の時間はなぜ短いのか』(集英社新書)など多数。

研究室サイト:https://www.l.chiba-u.jp/applicants/teachers/makoto_ichikawa.html

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