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夕学レポート

2023年11月22日

斎藤 幸平氏講演「緑の資本主義の欠陥」

斎藤 幸平
東京大学大学院総合文化研究科 准教授
講演日:2023年10月31日(火)

斎藤 幸平

地球が沸騰、超富裕層は抜け駆け

3年間にわたって世界を翻弄し続けたパンデミックがやっと一段落したと思えば、今度は地球沸騰化だという。
2023年7月は世界の平均気温が観測史上最高の月となり、国連のグテーレス事務総長は「地球温暖化の時代は終わり“地球沸騰化”の時代が到来した」と訴えた。世界中で森林火災が頻発し、その焼失面積は20年前と較べ2倍近くになっている。
日本でも気温が40℃を超える地域が増え、熱中症による救急搬送も昨年の同時期と比べて2.3倍となった。夏は11月を迎えても終わらず、11月5日には全国120地点で観測史上最高の気温を記録。各地で夏日や真夏日の暑さとなった。

こうした異常気象や広がるヨーロッパでの戦禍により、世界中で多くの人命が失われ、ライフコストも急騰する中、実は超富裕層だけが抜け駆けし、その冨を一気に急拡大させていたというスキャンダルがある。なんとその増加額は3.6兆ユーロ(約579兆円)。このパンデミックを境に、2750人前後の超富裕層が世界の富の3.5%を支配(1995年にこの割合は1%だった)するようになった一方で、地球人口の半分を占める下位層が所有する富は、世界全部を合わせても2%程度となり、1億人が極貧入りした(Bloomberg,2021.12.7)。

資本主義の危機からグレート・リセットへ

パンデミックや地球沸騰化などの「環境危機」と、超富裕層と極貧の間の深刻な「経済格差」。この2つは資本主義がもたらした帰結であり、資本主義そのものの危機なのだというところから、斎藤幸平准教授(以下、斎藤氏)の講演はスタートした。
「自然災害、疫病、食糧危機、インフレ、人々の難民化、恐慌、資源をめぐる戦争、自国優先主義などが絡み合って起きる“ポリクライシス”の時代が始まっている。こうした慢性的緊急事態の始まりがコロナ禍だったということで、もはやそれ以前に戻ることはできない」と斎藤氏は言う。

フランシス・フクヤマが“歴史の終わり”と言ったソ連崩壊から、30年間にわたり続いた低インフレと経済成長の時代。そこにピリオドを打ったのがコロナ禍だったのだ。
経済格差と環境危機とは密接な関係にある。21世紀に入ってからCO2は爆増して今や年間37ギガトンにもなっているが、世界の富裕層トップ1%の人がCO2全体の15%を排出しているらしい。逆に下から50%の人が排出するCO2は全体の7%にしか過ぎないのに、気候変動の影響をもろに受けるのは彼らのほうだ。

斎藤氏は問題提起する。「アメリカ的民主主義や行き過ぎたグローバル化を見直さなくてはならない。別の道を模索しなくてはならない。ダボス会議でも“グレート・リセット”が議論された。ではどういう道に進んで行くべきなのか」と。

「SDGsは大衆のアヘンである」

ここ7~8年、大企業の幹部などを中心に、ジャケットの襟にカラーホイールと言われる丸いバッジをつけて歩く人が急増した。“我が社は持続可能な開発目標に取り組むSDGs経営を行っている意識高い系企業です”というアピール、いわゆるSDGsウォッシュだ。
斎藤氏は「SDGsは大衆のアヘンである!」と一刀両断する。「SDGsはまったく意味がないどころか有害でさえある。エコバッグとか紙ストローとか、ちまちまと小さなアクションをやっていると自負することで、本当に必要とされているもっと大胆なアクションを起こさなくなってしまう。企業もSDGsをブランド化やPR、マーケティングのツールに使っているだけで、より大きな問題が隠蔽されている。人々はSDGsを今まで通りの生活を続けるための免罪符にしているだけなのです」

ここで斎藤氏は『ハンバーガーでSDGs』という、とあるファストフード企業の記事体広告をスクリーンに映し出した。
なぜこの会社のハンバーガーを食べるとサステナブルなのかを説いている広告からは「本当の問いが見えなくなっている」と斎藤氏は言う。
「危機が本当に深いのだとしたら、将来の持続可能な社会にファーストフードが存在する余地があるのだろうか。どちらかを諦めなくてはならないのでは?と問い始めると、既存の資本主義ビジネスとぶつかってしまう。でもこういう問いを誰かが言っていかなければならない。市民社会の中で皆で議論していくべきなのです」
より大胆な変革なしに危機の解決はない、ポスト資本主義社会のキーワードは「脱成長コミュニズム」と「コモンの再生」だというのだ。

哲学としてのマルキシズム

斎藤氏は自らをマルキストと称する。上述したような斎藤氏のアイデアは、MEGAと呼ばれる新しい『マルクス・エンゲルス全集』で刊行されつつある新資料を手がかりに、マルクスが遺した膨大なメモの発掘なども含めて整理し、最晩年のマルクスの思想を大胆に再解釈した所から生まれた。
マルクスと聞けば、全共闘世代の教祖にして史的唯物論による革命のアジテーターというイメージだが、最晩年のマルクスの思想はそれとは様相を異にする。マルクスは150年前に既に、資本家による囲い込みと余剰価値の搾取による実質的包摂が、労働者の「魂の包摂」にまで及ぶことを“予言”。資本主義と持続可能性が両立しないことを主張し、エコロジカルな視点でコミュニズムの必要性を説いていたことが、斎藤氏の研究で明らかになったのだ。

ピケティを超えた!?『人新世の「資本論」』

10年前に発刊されたトマ・ピケティ『21世紀の資本』は分厚い学術書としては異例の世界的ベストセラーになったが、そのピケティを超えたとの評判を得たのが斎藤氏の『人新世の「資本論」』(集英社新書 2020年9月刊)だ。同書は発売直後から大きな反響を呼び、「新書大賞2021」を受賞。今なおその勢いはとどまることなく累計発行部数50万部を突破し、世界各国でも翻訳版の刊行が続いている。
今回の講演での問題提起の解となる「脱成長コミュニズム」や「コモンの再生」については、この『人新世の「資本論」』に詳しい。380ページほどの新書で手に入れやすく読みやすいので、一読を強くお勧めしたい。

プロ棋士による多面指しのような質疑応答

講演のキモの部分は上記の本で読んでいただくとして、ここで夕学講座レビュアーとして是非とも伝えておきたいのが、斎藤氏の「脳味噌の運動神経の凄さ」だ。

講演後の質疑応答タイムでは、翌週の登壇者である慶應大の岩尾俊兵准教授(なぜか客席側で聴講されていた、笑)を含めた6名からさまざまな角度の質問が相次いだのだが、そのいずれに対しても、瞬時に適切で解りやすい事例やデータを示しつつ端的に答えていく斎藤氏。
快刀乱麻とはまさにこのこと、まるで牛若丸の剣術か将棋のプロ棋士の多面指しを見ているかのような爽快な気分にさせられた。

例えば「地道な啓発では間に合わないのでは?」との質問には「インフラの転換はそう簡単ではないが価値観の転換は数年で起きる。ジャニーズ帝国の崩壊が良い例だ」とか、「欧州では若者が世の中を変えているのに日本では何故そうならないのか」との質問には「政治家おじさんの渋滞が原因。地方政治では60歳以上の男性が6割を占めていて若者たちをエンパワーメントする仕組みがない」とか、全部を紹介しきれないのが残念だ。

数々の講演での質疑応答を聞いてきたが、ここまで鮮やかで納得感の高い回答ぶりは初めてだった。恐らく、普通に“頭がいい”というだけでなく、脳内に超高速回路が張り巡らされていて、光の速さでアウトプットできる方なのだろう。論破系インフルエンサー達の減らず口などとは次元の違う本物の知力の凄みが強く印象に残る講演となった。

(三代貴子)


斎藤 幸平(さいとう・こうへい)

斎藤 幸平
  • 東京大学大学院総合文化研究科 准教授

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』角川ソフィア文庫)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。同書は世界9カ国で翻訳刊行されている。日本国内では、晩期マルクスをめぐる先駆的な研究によって「日本学術振興会賞」受賞。近刊は、発売即15万部突破の『ゼロからの『資本論』』(NHK新書)、『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』(KADOKAWA)。50万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)で「新書大賞2021」を受賞。

X(旧Twitter): @koheisaito0131

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