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夕学レポート

2023年11月14日

村田 諒太・田中ウルヴェ京 講演「折れない自分をつくる 闘う心」

村田 諒太
ロンドン五輪ボクシング競技ミドル級金メダリスト
元WBA世界ミドル級スーパー王者
田中ウルヴェ京
スポーツ心理学者(博士)
ソウル五輪シンクロ・デュエット銅メダリスト
講演日時:2023年10月17日(火)

心のありようを探る

田中ウルヴェ京村田 諒太

ボクサーの知人友人はいないのでどんな言葉で何を語るのか想像もつかなかった。テレビで見るボクサーは大体が試合の前か直後であって、記者会見で対戦相手を睨みつけているか試合後の血まみれになった姿でレフリーに片手を挙げられた姿なのかのどちらかで講演会で話している姿なんて想像もつかない。シンクロの選手も似たようなものでましてや引退後のオリンピックメダリストに至っては筆者の想像の範囲外なのである。

初めて間近で見る二人はとても洗練されていてお洒落だった。田中氏が村田氏に問いかけ、それに村田氏が答えるという応答スタイルで講演は進む。田中氏が「心を整える、強い心を作る」と問うと村田氏は「そんなものねえよ。固定した観念を持つことは実用的でない」とのっけから講演タイトル「折れない自分をつくる、闘う心」に先制パンチを浴びせた。あらら。田中氏も「『メンタルトレーニング』『ポジティブシンキング』って実用的でないよね」と応じて講演の展開が楽しみになる。ならば「折れない自分」はどのように出づるものなのか。

村田氏は引退して自分が今までいかにボクシングに立て掛かっていたかに気づいたかと語り、それがあるとラクだけれど自分が立て掛からなくても生きていけるものが欲しいという。今はどうもそうしたものがない真空状態らしい。
しかし、立て掛かっていたとはいえ村田氏にとってボクシングは「メインディッシュではなく、スパイスである。人生につける大きな味つけ、すべての時期もあったし、人生を彩るコース(料理)の一つ。前菜かもデザートかもしれない」と意外にも冷めた見解があった。これは大学職員をしていた時期があったからボクシングを距離を置いて見ることができるのだろうか。

そしてここが今回の講演で最も村田氏らしい見解の披露されたところで「金メダルとチャンピオンは神様がくれたものがなければできない。だからそれを頼りにするのは驕りで、誇りにならない」「(自分が誇りと思うのは)誰にでも起こるであろう逆境に対して才能に依存せず努力でしたこと」という点だった。これに対して田中氏は「サムシング・グレイトに『されてる』感じで嫌」「地に足をつけて勝った感覚」「誰かに勝たせてもらっても嬉しくない」と自分の力を感じたいタイプのようで、ここが両者の違いが際立つ面白いところだった。田中氏は本講演で話の引き出し役として全体を引っ張っていく役回りを主にしていたがここは譲らず、自身の考えが明確に出された。

スポーツの世界では雑念なく、ある種「やる気がなく」淡々と「勝とう勝とう」と考えるのが良い。「やる気をなくす」「勝つ気がない」のではない。雑念なくの意味であろう、「勝とう勝とう」と考える。無になれるのが大事だと村田氏はいう。「立て掛かるもの」「無」の境地など村田氏は禅を学んでいるのだろうかと思っていたら、どうも道元を学んでいるようで「説似(一物)即不中」との言葉を紹介した。言葉というものは当たっていない。表現した途端に当たらなくなる、言葉というものは当てにならない。だから言葉から離れる時間や揺れ動いている自分に気づき、緊張の対象をお化けにしないで明確にすることが大事だと話す。不立文字の世界でありマインドフルネスだ。メンタルの世界ではマインドフルネスなど禅と結びつきが深いので村田氏もそうしたメンタル関連できっかけを得たのだろうか。
スポーツ界と禅。深堀りしてみたら面白いテーマかもしれない。それに対して田中氏は科学的にセルフ・アウォーネス (Self-awarness) 、独り言を通して自分が何をしたいのか考えることの必要性を紹介した。田中氏はやはりスポーツ科学を学んだだけあってとても科学的な物の見方をする。村田氏も対象の分析を大事にしているがより心のありようを大事にしている点が印象的だった。

村田氏は少し禅に傾倒し過ぎている感もあり聴者として不安を覚えなくもないけれど引退をして振り返りやこれからを考える中で、考えの基軸の一つになっているのかもしれない。あまり立て掛かり過ぎると、それはそれで村田氏の望んでいた「立て掛からなくても生きていける」から離れてしまうし、匙加減を大事にして禅にも立て掛かり過ぎず「離れる時間」を作ってほしい、そんな風に思った。

では離れた時間で何をするか。村田氏にはアイリッシュダンス、とりわけリバーダンスをお勧めしたい。なぜリバーダンスかって?ステップが大事なボクシング出身で体の細い村田氏にはダンスが適している。またきびきびとしたリバーダンスは無念無想に向いている(ような気がする)。そしてチーム競技でもある。これまで個人競技をしてきたから今後は複数人で、勝ち負けでなく美しさを競う世界で活躍するのはどうだろう。蝶のように舞い、蜂のように(床を)刺す。うん、正に元プロボクサーに向いているスポーツだ。ぜひとも次は「リバーダンサー 村田諒太」として夕学十五講に再登壇して頂きたい。楽しみにしています。

(太田美行)

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