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夕学レポート

2023年10月30日

坂井 豊貴氏講演「経済学のビジネス実用~学知が富の源泉となった時代」

坂井 豊貴
慶應義塾大学経済学部 教授
Economics Design Inc. 取締役・共同創業者
講演日:2023年7月18日(火)

坂井豊貴

富の源泉が、物資や工場=有形資産から、知識や情報=無形資産へと移った今、市場をつくるための「設計・デザイン」に経済学の「学知」が欠かせなくなっている。このようなミクロ経済学や計量経済学の学知は勿論そう遠くない昔からあったのだが、活用されない時代が長く続いていた。

データ化で見える化

かつての経済学では、市場はジャイアン主催の闇鍋のように捉えられていた、といえるかもしれない。インプットとアウトプットが見えづらく、鍋の中からはどら焼きや下駄が出てくる可能性があり参加者は不安でたまらないが、ジャイアンの手前、ゲームのルールを変えることはできない。それでもアダム・スミスが説いたような「見えざる手」が価格を調節し、結果的にあらまほしき資源配分がなされてきた。

だが、新しい市場を創造する場合は、信頼のおける料理人が調理した鍋を、明るい部屋で、食材を一つひとつ確かめつつ味わえるものにしなければ、誰も参加してはくれない。魚介、肉、野菜、豆腐をいっしょくたに煮る寄せ鍋が、もともとは調理場の残りもの始末から生まれたように、すでにあった学知を取り合わせて「ブリコラージュ」し、実地のビジネスに「使いつくす」試みを押し進めているのが、坂井豊貴教授である(これすなわちイノベーションの謂でもある)。

経済学はしくみを関数として扱う。集めた食材、たとえば鶏肉(データ)と豆腐(データ)を経済学の学知を関数として調理し、寄せ鍋(市場)に仕立てる。経済学者は、すぐれたレシピを考案する料理研究家のようなものだ。インプットされたデータと処理方法の透明性が高いため、顧客はアウトプットされた結果に安心してコミットし、心おきなく料理を味わえる。

納得感が身上のオークション方式

坂井教授が最初に取り組んだのは、オークション理論の関数を使った不動産事業への「ビジネス実装」だった。中高校生時代の同級生・今井誠氏が社長を務める(株)デューデリ&ディールでチーフエコノミストとして事業に関わり、現在進行形で、顧客満足度アップに寄与している。机上の理論を実務で活かすのはなまなかのことではなかったようで、異業種間の壁を乗り越える苦労を著書でも語っているが、価格決定のプロセスが透明で、納得感が得られやすいオークション方式は、超高価な取引である不動産売買には最適という。なぜなら、最大でここまでは払ってもいいと思える金額「評価値」がいちばん高い買い手に売れる、というオークション方式の利点が生かせるからだ。

ここで、オークションのおもな4方式をおさらいしておく。
【公開型】
1. 競り上げ式
市場のセリのように皆で賑やかに価格を上げていく
2. 競り下げ式
誰も買わないような高い金額から始めて下げていき、この価格なら買うという人が手を上げたら終わり

【封印型】
3. 第一価格方式
勝者が自分の書いた入札額を支払う。できるだけ低い金額で勝つのが得
4. 第二価格方式
勝者が、入札額のうち2番目に高い金額を支払う

1や3は身近だが、2の競り下げ式や、4の第二価格方式はどのくらい人口に膾炙しているのだろう。第二価格方式では、Aが10万円、Bが5万円を入札した場合、10万円を入札した方が勝つのだが、払う額は「第二価格」の5万円でいいのだ! 

この方式では、買い手は虚心坦懐に自分の評価値を入札するので、たとえ相手がどんな入札をしても必ず最適な行動になるという意味で、心理的安全が担保されやすい。よって「場が荒れにくい」。昔、2位じゃダメなんですかというのがあったが、はい、2位がいいんです。

適正価格のためのトライ&エラー

プライシング(値付け)の分野では、分析に使うデータを得る「調査」そのものを設計する。時期によって変動する宿泊費や航空運賃のようなものはわかりやすいが、具体的にはどんな課題があるのだろう。
たとえば、均一の価格設定をしている全国チェーンの店が、地域や日にちで価格を変えたいと考えたとしよう。どう設定すればよいのか。

・実際に価格をいろいろに変える
・似た店舗がある場合、片方を変え、片方を変えないでやってみる。結果がうまく出なかったら、割引券を使う
・配る割引券によりランダムに割引率を変える
といった具合。
学問の特徴である「再現性」をうまく活用し「成功は再現すればよいし、失敗は再現せねばよい」。やってみなはれ、の精神なのだ。

格付けのアルゴリズム

商品を評価してスコアをつけるレーティングは、まさに教授の自家薬籠中とするところだ。インターネットの普及でランキングへの注目が高まり、アルゴリズムの不確さが原因のトラブルが頻出しているが(「食べログ訴訟」が記憶に新しい)、坂井教授がレーティング方式を共同開発した美容・コスメのプラットフォーム「LIPS」の緻密さはヤバい。驚くべきことに、某ブランドのアイシャドウパレットひとつだけで、ツヤ感・ラメ・使い心地・毛穴・保湿・伸びの良さ・香り・発色・肌なじみ・キープ力・質感・コスパ・さっぱり度、の各項目別にそれぞれ星の数と順位がついている。

アプリDL数900万を誇るユーザーの属性を横目で見つつ、入力値から諸々のバイアスを除去して、点数を出すアルゴリズムが設計されるが、そこに信用という名のエッセンス(関数)を振りかけるのを忘れない。しかも口コミの点数は、ユーザーからの総評価の平均点かと思いがちだが、そうではない。たとえば「レビュー数が少ないアイテムの点数は、極端に高くなったり低くなったりしないよう」工夫されているという。
もはや魔法でしょうか。いいえ、厚生経済学の学知なのです。

「決める」を開放する

こうしてみると、坂井教授が遂行してきた経済学のビジネス実装のあれこれは、一貫して「意思決定のためのメカニズムデザイン」の変奏だったのだと、改めて腑に落ちる。教授はかねてより、「人はあらゆる決定において細かい意思表示をしたいもの」と語ってきた。個々の経済活動で参加者が少しずつ意思表示できるようになるとは、つまりそれだけ顧客や消費者が自立的・主体的になり、ひいては社会的公平さが保たれることにもつながっていく。

ビジネスの現場に小さな変革を起こすための経済学の学知は、意外に開かれているのだよ。坂井教授は根気強く、このメッセージをおくり続けている。

(茅野塩子)


坂井 豊貴(さかい・とよたか)

坂井 豊貴
  • 慶應義塾大学経済学部 教授
  • Economics Design Inc. 取締役・共同創業者

ロチェスター大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。
2014年より慶應義塾大学経済学部教授。2020年にEconomics Design Inc.を共同創業、経済学のビジネス実装を推し進める。レーティング関数、オークション方式、取引ルールの設計など、さまざまな学知のビジネス実装に従事。
プルデンシャル生命保険・社外取締役、デューデリ&ディール・チーフエコノミスト、Gaudiy経済設計顧問、Advisor of Astar Network、Institute for a Global Society顧問などを併任。
主著『多数決を疑う』(岩波新書)は高校国語の検定教科書に所収、著書は多くアジアで翻訳されている。

坂井豊貴WEBサイト:https://sites.google.com/sakaioffice.co/main/home

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