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夕学レポート

2006年12月12日

池谷 裕二 「脳を知り、脳を使いこなす」

池谷裕二 東京大学大学院薬学系研究科講師 >>講師紹介
講演日時:2006年10月25日(水) PM6:30-PM8:30

今晩の講演者は、「海馬」の研究で有名な池谷裕二氏です。池谷氏は大学の「薬学系」に所属され、てんかん、アルツハイマー病、パーキンソン病などの脳の病気に対する治療薬や予防薬の開発を目的に研究されています。
そこで池谷氏が特に関心があるのは、アルツハイマー病の症状として見られる「なぜ記憶が失われてしまうのか」という点です。しかし研究を進めるにしても、記憶をする仕組みや、「なぜ生物は記憶をするのか」という根本的なことが未解明なため、現在はかなり基礎的な研究を行っているそうです。


さて、池谷氏は「脳は世界を勝手に解釈している」という驚くべき事実から話し始めました。
例えば、脳は全体像を捉えようとするクセをもっているそうです。目の細胞には、「明暗(明度)」を感じる細胞と「色(色相)」を感じる細胞があります。しかし、色を感じる細胞は目の中心部にしかありません。すなわち実際に目が捉えている映像は、視野の中心部だけがカラーで、周辺のほとんどは白黒という状態なのだそうです。これは記憶に基づいて脳が周辺部に色を埋め込んでいるのです。
脳は、この他にも情報のあいだに因果関係をつくりたがるクセや風景に意味合いを見いだそうとするクセを持っています。この脳のクセは、脳が勝手に行ってしまうために「私たちは脳の解釈から逃れられない」ということになります。
しかし、私たちの普段の生活のなかで早とちりとしても現れるこれらのクセは、判断を速くし、生物を検出する高い能力につながり、危険を察知し、生命の存続のために必要であったという重要な一面をもっているということです。
池谷氏はまた、私たちには「自由な意志(心)というものはない」ということが、自由意志の研究からわかっていると教えてくれました。
では何が意思を決めているのか。それは脳神経(ニューロン)の「ゆらぎ」であることが実験で明らかになっているそうです。特殊な色素をつかって脳神経を観測すると、脳神経の反応は、不規則な脳神経の発光現象として把握できます。脳神経の揺らいでいるような発光現象が「ゆらぎ」というものです。
被験者が自分の意志で自由にボタンを押すという実験結果からは、脳神経の「ゆらぎ」が先にあって意志と体に指令を出し、約1秒後に意志が生まれ、約1.5秒後に体が実行することがわかっています。
意志が生まれるのと体が実行する時間差0.5秒が、私たちに残されている自由否定ができる瞬間だということです。行動を思いとどまることができるのはそのためです。これにより体と心は乖離しているとさえ言われているそうです。
続いて、講演は池谷氏のメインの研究テーマである「記憶」に関する内容へと移ります。
人はどのように物事を記憶するのか。脳に集められた情報は「海馬」という部分で「記憶」するか「破棄」するかという審査が行われることは池谷氏の著書で広く知られましたが、人の記憶には「あいまいに憶える」という“優れた”特長があります。
なぜあいまいさが優れているのかというと、あいまいな記憶は脳に保存される際に汎用性を高めることができるからです。汎用性が高まるということはすなわち応用がきくということです。
あいまいな記憶は将来役に立つ、つまり、未来の自分のためにあるというのです。
ただ、記憶能力そのものは年を重ねるにつれ低下します。それを最小限に食い止める方法として、池谷氏は「θ(シータ)波」という脳波の存在を紹介してくれました。
シータ波は記憶と関係が深く、記憶力はシータ波が発生している時に高まるのだそうです。では、シータ波はどんなときに発生するのでしょうか。たとえば、初めての場所を歩くときは広い範囲の物事に注意や興味が高まるように、外界に対する意識・興味が高まっている時や運動している時にもシータ波が多く発生するのだそうです。そしてこの現象は年齢と関係がなく、たとえばこれは何だろう、どうなっているのだろう、という意識を持っている限り、若い人と同じくらい脳を働かせることができるのです。
したがって、池谷氏は、「マンネリ化」が脳の敵だと指摘します。物事に対する新鮮な興味や関心を持つことができなくなると、脳の働きが低下してしまうからです。しかし、毎日あらゆることに新鮮さを感じ、驚いていたら物事が進みません。「マンネリ化」は脳の敵ではありますが仕事を迅速に行うために必要であり、外界に慣れるという意味で優れた学習能力でもあるわけです。
そこで、マンネリ化と物事に対する新鮮な興味を持つことのバランスが大切になってくるのです。
ただ、基本的に私たちの脳は、放っておいたらどんどんマンネリ化するようにできています。ですから、意識的にマンネリ化と戦うことが記憶力を高め、脳を若いときと同じ状態で使いこなすために必要なのだそうです。
好奇心を持って新しい視点で物事を見ようとする姿勢の大切さが、脳の仕組みからも実証された元気の出る2時間でした。

主要著書
海馬-脳は疲れない』(共著)、朝日出版社、2002年(2005年・新潮文庫)
『進化しすぎた脳-中高生と語る「大脳生理学」の最前線』朝日出版社、2004年
『魔法の発音カタカナ英語-一気にネイティブ!』講談社、2004年
脳はなにかと言い訳する-人は幸せになるようにできていた!?』祥伝社、2006年

推薦サイト
池谷裕二のホームページ 

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