KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2006年12月14日

デジタルメディア産業の創世にむけて 古川享さん

古川さんに夕学にご登壇いただくのは、実に5年半振りになります。最初は「夕学五十講」第一期、まだ新丸ビルの地下大会議室を会場にしていた頃でした。
その時は、講演開始2時間前に、大きなバッグを持参して来られました。バッグの中には携帯スピーカー、アンプ、無線機器などなどが入っていて、その場で独自のPA環境を設置していらっしゃいました。
その当時、古川さんの求めるデジタルプレゼンテーション環境を用意できる会場はほとんどなかったので、講演する際には全ての機器を持参することにしていたそうです。あの頃は、まだOHPやスライドを使ってプレゼンする人もたくさんいらっしゃいましたから「むべなるかな」という感じでした。
かつて、古川さん、成毛さんといったマイクロソフト経営者陣や、インテルの西岡さんが、PPTをつかったプレゼンを浸透させようと行く先々で実演に励んだという話を聞いたことがありますが、彼ら日本のIT世代の創世期を支えた世代は、社会の常識や人々の意識を変えるために自らが先頭になって走るという使命感のようなものをもっていらしたのだと思います。
今回古川さんが持参されたのはPCのみ。プレゼンテーションという小さな世界ではありますが、彼らの啓蒙は間違いなく成功し、世の中の常識が変わったということでしょうか。


さて、そんな古川さんのお話ですが、凄まじいマシンガントークに乗せて繰り出される最新の技術動向は、私のレベルでは理解できないことが多かったのが正直な感想ですが、新しい産業の創世前夜を感じている古川さんの昂ぶりのようなものは強く感じました。
放送とインターネットの関係について、「テレビがネット見られる」「オンデマンドでテレビを楽しめる」「デジタル放送がはじまる」「蓄積型番組配信が当たり前になる」etc、いろいろな切り口で語られていますが、「それはすべて本質的な問題ではない」と古川さんは言います。
 「重要なのは“デジタルメディア産業”という新しい産業が生まれようとしているということ」とのこと。
古川さんは、“デジタルメディア産業”の特質を、「音楽・写真・映像といったコンテンツをさまざまなメディアを使って、誰もが簡単に制作・編集・配信・流通できるようになることで、新しいビジネスモデルが創造されること」だと理解しているそうです。
それを支える要素としての技術は飛躍的に進歩しており、数年前には考えられなかったことが可能になっているとのこと。マイクロソフトの最高技術責任者であった古川さんが評価している新たな技術の登場には、下記ようなものがあるそうです。
・IP電話と携帯電話の連携による経費節減を果たした常石造船の事例
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NCC/NCC_NET_FRONT/20050426/1/index.shtml
・家庭内AVネットワークの事例
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/event/6970.html
・インテルのViiV技術
http://japan.cnet.com/news/tech/story/0,2000056025,20100517,00.htm
・マイクロソフトのMSTV技術(古川さんの講演録)
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/12/05/14145.html
・IPTVの動向(STBの最新動向)
http://www.gii.co.jp/japanese/iz35031-iptv.html
・映像のIP伝送に必要な各技術
http://www.utstar.co.jp/
・放送の現場におけるIP伝送NHK「@ヒューマン」の事例
http://www.nhk.or.jp/human/index.html
しかしながら、デジタルメディア産業が離陸する際の障害になっているものがあり、その最たるものは、放送に関わる「社会観・時代感」やそれに根ざしたアーキテクチャ(設計思想)の問題だと古川さんは指摘します。
例えば、イギリスのBBCは、自らのミッションを「我々はあらゆる視聴者に、あらゆるデバイスとあらゆる配布経路を通じてサービスを提供する、コンテンツ事業者である」と宣言しているそうです。放送局からコンテンツプロバイダーへと事業の「意味づけ」を変えているわけです。
翻って、既得権益を守ることしか考えない日本の放送局や行政について、古川さんが強い苛立ちを憶えていることは間違いありません。
新しい産業が登場する時には、「技術」「社会・時代の要請」「コンセプトの革新」の3つが必要だと言われています。
18世紀末、ワットによる蒸気機関の発明が英国の産業革命を可能にしたと言われていますが、蒸気機関という画期的な技術発明の前提として、膨大な資本の蓄積、労働力の増加、市場としての植民地開発という社会的・時代的な背景が存在していました。
排水ポンプの駆動源として開発された蒸気機関を、巨大な機械を動かす「動力」として認識するというコンセプト革新は、社会や時代の要請があったからこそ生まれたものです。
デジタルメディア産業の創世が産業革命に匹敵するものかどうかは別として、古川さんの話を伺うと、既に技術は十二分に開発されており、通信と放送の現場ではコンセプト革新に先んじる形で融合が進んでいるようです。You tubeやSNSの隆盛は、人々の意識の深層部分において新たな情報観・放送観が醸成されていることを感じさせます。
続々と生まれている技術を活かして、デジタルメディア産業の特質を具現化させる新たなビジネスモデルを作ることができるか否か、放送のコンセプト革新にかかっているのかもしれません。

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