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大久保 幸夫 「キャリアと能力の育て方」

2007年03月13日

大久保幸夫 株式会社リクルート ワークス研究所 所長 >>講師紹介
講演日時:2007年1月11日(木) PM6:30-PM8:30

大久保氏は先ず、「キャリア」という言葉をこの講演ではどのような意味で使うかの説明から入りました。
キャリアというと、ひとつは、履歴書に書くような「経験した職業職務の履歴」という意味があります。これは、キャリアの客観的側面です。もうひとつは、キャリアの主観的側面で、仕事に対する「自己イメージ」のことです。そして今回、大久保氏が語る「キャリア」は、この主観的側面である「自己イメージ」だということです。


では、「自己イメージ」とは何でしょうか。
それは、仕事に対して自分が持っている明快な認識や意識のことです。もし次の3つの問いに対する答えを持っているなら、自己イメージが形成されていると言えます。

  • 自分にできることは何か?(能力・才能)
  • 自分は何がやりたいか?(動機・欲求)
  • 自分は何をやることに価値を感じるか?(意味・価値)

大久保氏によれば、この3つのうち、「自分は何がやりたいか」が一番の難問だそうです。
確かに、「自分は何がやりたいか」にすぐに答えられる人は決して多くはありません。とにもかくにも今の仕事に打ち込みながら、時間をかけて「自分のやりたいこと」に対する答えを見つけていくしかないようです。
なお、学生は就職活動において、この難問に答えなければなりません。本格的な仕事の経験がない学生にとっては、本当に難問だと思います。しかし、だからといって、何がやりたいかわからないからと就職せずフリーターを続けてしまうと、かえっていつまでも自分は何をやりたいかの答えが見つからないのだそうです。
また、大久保氏は、キャリアにはサイクルがあると指摘します。
仕事を始めておおよそ10年で一人前になり、さらに20年で最高点、つまりすばらしい業績を生み出すレベルに達します。その仕事を「極めた」という状態です。以降はゆるやかに能力は低下していきます。
このサイクルは、落語などの芸事や科学的な研究分野などでも確認されていて、「熟達理論」と呼ばれているものです。熟達理論では、仕事を始めてから 5~8年くらいで、その仕事に対して適性があるかどうかを見極めることができるのだそうです。だとすると、就いた仕事が自分に向いているかどうかは、仕事を初めて半年や1年そこらではわからないということになるのでしょう。
さて、以上のようなことを踏まえ、大久保氏は20年をひとつの「節目」とする「三毛作のキャリア」を提唱しています。具体的には次の通りです。

  • 1st Crop: 入社してから40才前後、「若者としてのキャリア」
  • 2nd Crop: 40才前後から60才前後、「リーダーとしてのキャリア」
  • 3rd Crop: 60才前後から80才前後、「定年退職後のキャリア」

この「三毛作のキャリア」は、政府が打ち出している日本21世紀ビジョンにおいて示されている
「生涯二転職四学習」
(生涯の間で2回転職し、就職前、転職の間の2回、引退後の計4回の機会に学習することが可能になるように各種制度を設計する)とも符号しているそうです。
3rd Crop、つまり「定年退職後のキャリア」は80才前後まで働くということです。こんな高年齢まで本当に働けるのだろうかと感じますが、政府としては、 2030年には「平均寿命」を84才まで、また元気でアクティブに働ける「健康寿命」を80才まで延ばすことをビジョンとして掲げているのだそうです。(2002年の平均寿命は81.8才、健康寿命は75才でした)
古くは1960年代、55才の定年制が定着した時期は平均寿命も60才強で、文字通り死ぬ直前まで働く「終身雇用」でした。これから、健康寿命が 80才まで延びれば、三度新たなキャリアに挑戦できる十分な時間が生まれるというわけです。大久保氏いわく、「キャリアは定年で終わらない」ということです。
大久保氏は、最初の20年のキャリアは「筏下り(いかだくだり)」、次の20年を「山登り」と形容しています。
「筏下り」とは、激流を下りながら、オールを使って難所を乗り切っていくイメージ。仕事に当てはめれば、ゴールを設定せず、当面の仕事に目標に向けて全力で取り組むことを意味します。そして、仕事上の経験やさまざまな人との出会いを通じて、自分の進むべき道を見出していく段階です。
この段階でのキャリア形成については、「計画された偶然性」という新しいキャリアカウンセリング理論の考え方が有効だそうです。これは、「キャリアは偶然性に左右されている」ということが基本にある理論です。従来の理論で言われていた、自分の適性を理解し、一方でどんな職業があるのかがわかれば最適な仕事が見つかる、という考え方とは対照的なものです。
「キャリアは偶然性に左右されている」というのは、自分が本当にやりたいことや、どんな仕事に向いているかは、自分の意思だけでなく、実際の経験や人との出会いの積み重ねの中からわかってくるものであり、そこには偶然性の余地が大きいということです。
ですから、「計画された偶然性」の理論では、

  • オープンマインドであること(優柔不断の歓迎)
  • 意思決定(内省)よりも行動してみることを重視
  • 偶然の機会を作り出す行動
  • 偶然の機会を活かせるような学習

といったことが、望ましい行動と考えられています。
さて、「筏下り」に続く、次の20年の「山登り」は、自分の進む道(専門)をひとつに絞り、その目指すべき頂に向けてすべてのエネルギーを集中させる段階です。自分の登るべき山を決めること、これも非常に勇気の要る、大変に難しい決断です。なぜなら、ひとつの山に登るということは、他の山、つまり他の選択肢を捨ててしまうということを意味するからです。しかし、「山登り」とは「プロフェッショナル」を目指すということです。もし、いつまでも山登りを始めず、筏下りを続けてしまうと、いつかは海に出て漂流するだけになってしまいます。
大久保氏は、プロフェッショナルには3つのコースがあると指摘します。
ビジネスリーダー型
経営者としての知識やスキルを積んだ経営のプロのことです。
プロデューサー型
複数の分野に精通しており、変革や創造を起こすことのできる力を持つプロのことです。
エキスパート型
特定の分野を深く掘り下げ、いわゆる職人的なスキルを持つプロのことです。
そして、大久保氏は「スペシャリスト」とプロフェッショナルが混同されて使われていることも指摘しています。
本来の「スペシャリスト」とは、特定の細分化された課業(たとえば生産ラインの一工程)に熟練した人のことを指します。スペシャリストには1~2年もすればなれます。細分化されたルーティンワークを効率的できるようになればそれでOKだからです。つまり、「スペシャリスト」とは、正確には、専門化された課業を行う「専任職」(Routine Expert)のことです。
一方、「プロフェッショナル」は、課業ではなく「個人」の専門化です。10~20年かけて能力を深化させていき、ようやく一人前になれる。プロフェッショナルこそが、文字通りの「専門職」(Adaptive Expert)と言えるのだそうです。
ところで、キャリアにおいては「中年期問題」というものがあります。
人生の正午と呼ばれる40才前後は、能力開発上の目標が失われがちです。家庭、仕事両方の責任も重くなってきます。同時に体力の衰えも感じ始める。こうしたことから、中年期は、思考が内向きになったり、ストレスや不安を抱え、成長の鈍化・停滞が見られます。
しかし、プロになるということは、こうした中年期の成長を促進し、キャリアの可能性を広げること、また会社外でも通用するほどの能力を備えて、会社とも健全な距離を保ちつつキャリアの寿命を長くすることだと、大久保氏は強調します。
さらに、そもそも、「筏下りから山登りへの移行とはどんな変化なのか」、についても大久保氏は3つのポイントを挙げて明快な説明をしてくれました。
まずひとつは、「損得勝負」から「真善美」への移行です。
若い頃は、勝ち負け、つまり、他人より高い業績を上げたとか、出世したとかということが大切に思えますが、山登りの段階では、何が正しいのか、美しいかといったことが仕事をやる上での大切な価値基準になってきます。
もうひとつは、「基礎力」から「専門力」への移行です。
筏下りの段階では、仕事を進める上で基本となる能力を身につけなければなりません。山登りの段階では特定の分野のプロを目指すことですから、専門力を磨くことに注力するということになります。
最後は、「知の消費」から「知の生産」への移行です。
最初の20年、1st Cropでは、先人の解明した「知」を吸収(=消費)することに一所懸命にならざるを得ませんが、次の2nd Cropでは、先人の解明した「知」の上に、自分の解明した新たな「知」を積み上げる(生産する)ことが求められるということです。
ここで、新たな知を積み上げることは、「創造性」を発揮するとことだと言えるわけですが、大久保氏によれば、創造性とは、先人の「知」に対して、「一行加筆する」、あるいは「一行訂正する」のどちらかを行うことであって、まったくのゼロから新しいことを生み出さなければならないと構える必要はないそうです。
大久保氏はさらに、キャリアを実現する上で必要な「職業能力」の全体像を示した上で、「基礎力」としては、対人能力・対自己能力・対課題能力・処理力・思考力をあげています。
最後に、ご講演の締めくくりとして、「キャリアデザイン」の意義についての解説がありました。
キャリアのサイクルを経験する中で、人が自分の仕事(天職)と出会った時、人は、「すべての経験は無駄ではなかった」と思えます。そして、また、「収入、出世、地位、学歴、資格などの世の中の一般的な基準はたいしたものではなかった」と感じることができます。
こうした境地に達することができるようになるために「キャリアデザイン」はあるのだそうです。
当講演に参加された方々の年代はさまざまで、それぞれ異なる段階でキャリアを歩まれているわけですが、誰もが、大久保氏のお話を通じて、より良いキャリアづくりの指針と勇気を得られたのではないかと思います。

推薦図書
キャリアデザイン入門(I)基礎力編』 大久保幸夫著、日本経済新聞社(日経文庫)、2006年
キャリアデザイン入門(II)専門力編』 大久保幸夫著、日本経済新聞社(日経文庫)、2006年
ビジネス・プロフェッショナル』 大久保幸夫著、ビジネス社、2006年

推薦サイト
リクルート ワークス研究所

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