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手嶋 龍一「インテリジェンス戦略とは何か」

2007年07月10日

手嶋 龍一 外交ジャーナリスト、作家 >>講師紹介
講演日時:2007年5月15日(火) PM6:30-PM8:30

元NHKワシントン特派員として知られる手嶋氏は’05年に独立され、翌年の’06年に上梓された『ウルトラ・ダラー』がベストセラーになりました。手嶋氏は、この『ウルトラダラー』の一節を紹介しつつ、「インテリジェンスとは、そもそもどういう意味なのか」を説明してくれました。


同書の主人公である「スティーブン・ブラッドレー」は、BBC(イギリス放送協会)の特派員ですが、実はイギリスの秘密諜報部員というもうひとつの顔も持っています。長年望んでいた日本への赴任が決まった時、彼は恩師のオックスフォード大学教授、デーヴィド・ブラックウィルのところに挨拶に行きます。ブラックウィル教授は宗教学の権威でしたが、やはり同じイギリスの秘密諜報部員でもあり、キャンパスを行き交う学生の中から、将来の諜報部員になりうる有望な候補者を探し出すリクルーターでもありました。スティーブンは、ブラックウィル教授に見出された一人だったのです。
2人がテムズ川のほとりを歩いている時、スティーブンは、教授に対して「インテリジェンスとは一体どんなものなのか」と尋ねます。すると、教授は河原に広がるおびただしい数の石ころを指差しながら、普通の人が見たらなんの変哲もないこれらの石ころも、訓練を受けた情報士官(インテリジェンス・オフィサー)がじっくり見ると、石ころのいくつかがきらきらと輝きだすのだそうです。そして、情報士官は、輝いている石ころを選び出し、磨き、それがダイヤモンドの原石であるかどうかを判断するのです。
すなわち、情報士官は、膨大な一般情報の中から、「インテリジェンス」の原石と考えられる情報を見極め、磨きをかけることによってその情報の真偽を確かめます。そして、さまざまな情報を組み合わせる中から、その情報が持つ方向性、つまり将来起こりうる変化について一定の結論(予測)を導き出します。これが「インテリジェントレポート」と呼ばれるものです。
この「インテリジェントレポート」は、国家であればその舵取りを任された人、すなわち日本であれば総理大臣、米国であれば大統領の元に届けられ、国家の重要な意思決定のための情報として活用されることになります。したがって、「インテリジェンス」とは、それを活用する意思決定者に役立つレベルまで磨き上げられた情報でなければならないと教授はスティーブンに説いたのでした。
手嶋氏は、こうした「インテリジェンス」の本質的な意味に照らしてみると、日本のインテリジェンスに対する認識はとても低いものであるとお考えです。最近公表された、官邸における情報機能に関する基本的な考え方についての文書では、日本でもインテリジェンス機関が必要であることが述べられています。しかしその冒頭では、「情報は適正な意思決定を支えるものである」という間違った認識がなされているのだそうです。なぜ間違った認識なのかというと、実際にインリジェンスを活用して適切な意思決定を行い、それに責任を持つのは指導者です。したがって、インテリジェンス自体が、なんらかの意思決定そのものであるかのように受け取れる文章は、インテリジェンスの本質を取り違えているのです。
また、手嶋氏自身がNHKというメディア業界の出身であることから、自戒を込めて、日本の報道機関には重大な欠陥があると指摘します。この重大な欠陥とは具体的にどんなことかについて、手嶋氏は直接的な言及は避けられたのですが、どうやら、流れてきた情報を表面的に受け取り、鵜呑みにするだけで、発言の信憑性についての検証を十分に行わない傾向があるということのようでした。つまり、インテリジェンスの原石を磨くことはおろか、原石を選び出すこともやっていないということでしょう。
こうしたインテリジェンスについての日本の重大な欠陥について、手嶋氏はいくつか具体例を挙げました。たとえば、この1-2年の日中外交における、日中双方の政府高官のやりとりについての報道、また、北朝鮮を巡って開催された六カ国協議における、米国のクリストファー・ヒル国務次官補をはじめとする代表者たちの発言についての報道内容が、どれほど真実と異なるものだったのかを詳細に説明してくれました。手嶋氏は、特別な裏情報を入手していたわけでありません。誰でも知ることができる情報を元に、まさに「インテリジェンス」の原石を見つけて磨き上げることによって、日中外交や六カ国協議の行く末についての的確な「読み」(将来予測)ができることを示したのです。
さて、手嶋氏が話されたさまざまなトピックの中で、過去においてもそうでしたし、また今後の世界情勢を読む上で最も大きな影響を持つ米国の外交ポリシーについて簡単にご紹介します。手嶋氏は、通算で10数年ほども米国に住み、主にホワイトハウスの動きを追いかけてきました。そんな中でわかった米国の外交上の本音が、ひとつあるそうです。それは、民主党、共和党といった政党を貫く外交戦略上の基本ポリシーで、あからさまに語られることはないものです。具体的には、
「ヨーロッパではドイツ、東アジアでは、日本を二度と軍事大国にしない、もちろん、絶対に核兵器を持たせることはしない」
ということだそうです。国連の安全保障理事国である五大戦勝国は、同時に核保有国でもあるのですが、日本がなかなか常任理事国の仲間入りをさせてもらえないのは、上記の米国の基本ポリシーが強固に守られているからです。
また、コンドリーザ・ライス国務長官は、北朝鮮の核実験を受けて日本を訪問した際、麻生外務大臣との対談後に報道陣を前にして
「米国の日本に対する守り(抑止力)は万全である」
ということを2度繰り返して強調したそうです。手嶋氏によれば、この発言には深い裏の意味が隠されています。
要するに、米国が中国や北朝鮮の脅威を米国の核兵器によって抑止しているから、よもや日本も核武装化をすべきなどとは考えないでほしい、ということを言外に伝えていたのです。
手嶋氏のお話を伺って、「インテリジェンス」の意味を実感できたように思います。そして、膨大な情報から「インテリジェンス」を見つけ、その真贋を判定し、さらに、組み合わせ、読み解き、簡潔なインテリジェンスレポートに仕上げるという作業は、国家ならぬ企業の舵取りにももちろん活かせることでしょうし、情報を選び取り、読み解くセンスを磨くことは、情報の氾濫している社会にいる私達にとって必要なことなのだと思いました。

主要図書
ウルトラ・ダラー』 新潮社、 2006年
たそがれゆく日米同盟~ニッポンFSXを撃て~』(『ニッポンFSXを撃て』改題書)、新潮社(新潮文庫)、2006年
外交敗戦~130億ドルは砂に消えた~』(『一九九一年 日本の敗北』改題書)、新潮社(新潮文庫)、2006年
インテリジェンス 武器なき戦争』 幻冬舎(幻冬舎新書)、2006年
ライオンと蜘蛛の巣』 幻冬舎、2006年

推薦サイト
手嶋龍一 オフィシャルサイト

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