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夕学レポート

2008年06月10日

野田 稔「感情ルネサンスへの挑戦〜豊かな組織感情を求めて〜」

野田 稔
明治大学大学院グローバルビジネス研究科教授、株式会社ジェイフィール代表取締役社長
講演日時:2008年5月29日(火)

野田氏は、昨年(07年)11月、株式会社ジェイフィールを設立、代表取締役に就任されています。
同社の社名、「ジェイフィール」は、
 “Don’t Think, Just Feel”
というフレーズの“Just Feel”(J.feel)から取ったものだそうです。
野田氏によれば、「考える」だけではなくて、「感じる」ことも大切にしたいという思いが込められています。(決して、「考えること」を否定するものではありません。)
また、“J”には、「Just」だけでなく、Japanの“J”の意味もあります。
これは、日本全体の感情を豊かで、温かいものにしたいといというビジョンにつながっています。
野田氏は近年、「感情のマネジメント」を研究テーマに据えて取り組んできました。
その結果、とうとう「組織感情」のマネジメントを専門に行う会社であるジェイフィールを立ち上げることになったのだそうです。


さて、「組織感情」というのは野田氏曰く、言葉の「アヤ」です。
正確には、「組織」自体に感情はなく、組織に属する個人、一人ひとりが感情を持っています。
ただ個人の感情は組織の中で共有され、また伝染(伝播)していくと考えられます。
そして、組織内に「正しい感情」が存在しているかどうかが企業の業績を左右することから、組織として「感情」を適切にマネジメントすることが必要だという考えに野田氏は至ったのです。
野田氏は、「感情」に着目したそもそもの問題意識から話を始めました。
まず、いま、会社で起きている状況を伝えるのに、役者に演じさせた寸劇を録画したDVDを用意されていました。
この寸劇には、3人の会社員が登場します。
入社以来、同じ仕事に何年も縛り付けられ、他の部署や職種を経験できなくて悶々とする若手社員。
EVAやバランススコアカード、内部統制など、次々と導入される新しい経営手法の、現場での采配を押し付けられ、またプレイングマネージャーを兼務させられ、成果主義の名の下、経営目標達成を優先せざるを得ず、長い目で部下を育成する余裕のない中間管理職。
昼食を一緒にしたり、たまに夜飲みに行くこともなく、すぐ隣にいる同僚との間でさえ、メールでの無言のやり取り。PCのキーボードを叩く音ばかりが響く寒々しい社内の空気を嘆く女子社員。
こんな状況の中で、精神的な不調をきたしたり、ついには自殺してしまう人が増えていることに、野田氏は大変な危機感を持っています。「感情が壊れている」と感じているのだそうです。
野田氏の若い頃は決してこうではありませんでした。
徹夜が続くようなハードな仕事でしたし、自分が作成したレポートを上司が目の前でゆっくり破くといった、今なら「パワハラ」と呼ばれるに違いない厳しい部下指導が行われていたのです。
それでも、どこかで安心感がありました。それは、社内の上司・同僚たちのお互いの人となりを十分に理解し、信頼感を醸成できるコミュニケーションがふんだんにあったからです。
例えば、3時のお茶の時間には、出張した社員が買ってきたおみやげを食べながら、出張の報告を楽しく聞くことができました。インフォーマルな状況で社員間の情報の共有、つまりナレッジマネジメントが行われていたというわけです。
しかし、いつしか3時のお茶は無駄な時間として廃止されてしまい、替わりにフォーマルな「業務報告会」が開催されるようになります。野田氏によれば、これは楽しくなかったそうです。
このように、以前は豊かな感情が共有されていた企業組織が、今のようなお互いに無関心で孤立感を感じる、ぎすぎすとした組織へと変貌してしまったのは、バブル崩壊後の負の遺産の解消と、グローバルな競争に打ち勝つという2つの課題を背負わされたからです。結局、日本経済・日本企業の建て直しには15年ほども要したわけですが、その過程で個人の感情に対する配慮は失われ、人々の心がぼろぼろになってしまったというわけです。
そこで、改めて人の心、つまり感情と向き合い、お互いに信頼しあい、支えあえるような関係を再生することが必要だと野田氏は考えています。実は、高い業績を持続的に上げている企業は、人の心にも十分配慮しているのです。
例えばトヨタは、そのコスト削減のための執念にはすさまじいものがありますが、一方で社員に対しては基本的にマイナスの評価はしないのだそうです。このため、トヨタの社員は、会社から信頼されているという気持ちを持っているとのこと。
また三井物産では近年、入社から9年間は人事評価を行わず、様々な部署を経験させるという仕組みを導入しています。これは、長い目で社員を育てるということであり、それだけ会社は社員を大切に考えているということが、社員にも伝わるのです。
また、ネットベンチャーのサイバーエージェントでは、社内のネット環境に「私の履歴書」をアップしており、各社員の詳細なプロフィールをそれぞれ知ることができます。
これは野田氏によれば、「みんながみんなに関心を持つ」ための仕掛けであり、人間としてわかりあうことに寄与しています。実際、サイバーエージェントの社内ではいたるところで社員同士の生の会話が行われているのだそうです。
野田氏は、「社員感情」が伴わなければ、どれほど優れた経営手法を導入しようとも、うまく回らないと考えています。理論だけでは人は動かないのです。
大事なことは、社員が仕事に対してポジティブで、楽しいと感じられるような気分を共有できる環境であること、相互に信頼し合える関係が確立されていることです。
こうした正しい感情が社内にあることが仕事の能率を上げます。なぜなら、同僚に何かをやってもらいたい時などに説得のための時間が短くてすむからです。
トヨタや三井物産、サイバーエージエントの事例で示したように、人の心に配慮することは業績にもプラスの効果があることがはっきりしています。
ところが、現実には、人の心に配慮している企業と、そうでない企業がある点を野田氏は指摘します。結局のところ、それは企業のトップが人の心に「配慮する気があるかどうか」なのだそうです。
現在、ジェイフィールでは、ポジティブな組織感情が生み出せるような企業組織づくりのため、様々なコンサルティングサービスを提供しています。具体的には、アンケートスタイルで行う「組織感情診断」や、組織の要であるミドル(中間管理職)の人たちがお互いに学びあい、支援しあう関係を作る「リフレクション・ラウンドテーブル」(各部署の課長などが集まって週1回75分のミーティングを数ヶ月にわたって継続するもの)などがあります。
講演後半には、たまたま上京されていた神戸大学教授、金井壽宏氏が飛び入りで登場され、質疑応答の時間には、野田氏、金井氏の両氏から含蓄に富む話を聴くことができて、当日受講された方にはうれしいサプライズとなりました。

主要図書
中堅崩壊』(共著)、ダイヤモンド社、2008年
燃え立つ組織』ゴマブックス(BBTビジネス・セレクト)、2007年
組織論再入門』ダイヤモンド社、2005年
やる気を引き出す成果主義ムダに厳しい成果主義』青春出版社、2004年

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