HOMEへ戻るMCCマガジン西尾 久美子「京都花街の経営学~350年の伝統に学ぶ経営の極意」

西尾 久美子「京都花街の経営学~350年の伝統に学ぶ経営の極意」

2008年07月08日

西尾久美子 京都女子大学現代社会学部 准教授 >>講師紹介
講演日時:2008年6月16日(月) PM6:30-PM8:30

西尾氏は、大学院(経営学専攻)の博士論文のテーマとして「京都花街」を選び、足掛け5年をかけて論文を完成されています。生粋の京都人とはいえ、一般にはあまり知られていない花街の仕組みを調べることには、相当苦労されたそうです。
しかし、西尾氏の研究は、苦労されただけの価値のある素晴らしいものです。
西尾氏の柔らかな京ことばでわかりやすく説明していただいた京都花街の巧妙な仕組みには驚きと感心の連続でした。
西尾氏はまず、「京都花街」、および「芸舞妓」についての基本的な知識を授けてくれました。
京都には、次の5つの花街(「はなまち」、または「かがい」とも読む)があります。


・上七軒
・祇園甲部
・祇園東
・先斗町
・宮川町
この5花街にある「お茶屋」を職場に「もてなしのプロ」として活躍しているのが、芸妓(げいぎ)さん、舞妓(まいこ)さんです。現在舞妓さんは若い女性に人気の職業であり、日本全国から志望者がたくさんやってくるそうです。
舞妓さんになりたい女性は、基本的に中学卒業以降に花街に移り住み、約1年の育成期間を経て「舞妓さん」としてデビューします。修行期間中は「仕込み」と呼ばれ、デビュー前約1カ月間の実地研修中は「見習い」と呼ばれます。そして、デビューの3日間に、花街にある全部のお茶屋さんの挨拶回りをするそうですが、その時は「見世だし」と呼ばれるそうです。
その後、舞妓さんとしての経験を4−5年くらい積み、つまり20歳前後に「芸妓」になります。舞妓さんと芸妓さんは、ぱっと見でどちらか区別できるほど外見が異なります。町娘の可憐さを感じさせる舞妓さんに対して、芸妓さんになると、着物や帯の種類、化粧、髪型などを変え、大人の女性としての「粋」な風情を感じさせるようになります。
さて、舞妓さんを住み込みで育成し面倒を見るのが「置屋」です。「置屋」は、いわば「タレント事務所」的な存在です。置屋の経営者は「お母さん」、そして先輩の舞妓、芸妓さんはすべて「お姉さん」と呼ばれます。舞妓志望の女性は、所属する置屋のお母さんと擬似的な親子関係を結びます。また、特定の舞妓の面倒をきめ細かにみる先輩の芸妓は、その舞妓と盃を交わして、やはり擬似的な「姉妹関係」を結ぶのだそうです。この舞妓にとってお姉さんは、いわば「メンター」的役割を果たしています。
置屋では、所属する舞妓さんの衣装代を含む衣食住すべて負担するのだそうです。なかでもお座敷に着ていく着物は季節によって変えなければなりませんし、和服ですから一着百万円以上するものもあります。しかも、彼女たちにとって和服=仕事着です。汚れたり破れたりすることも多く、頻繁なメンテナンスや買い替えも必要です。したがって、一人前の舞妓さんを育てるまでには莫大な投資が必要であり、舞妓の間は、「年季奉公」(修業中)として給料は支払われず、舞妓さんはお小遣いをもらっています。置屋のお母さんの話によれば、舞妓としてデビューしてから3年以上働いてくれないと、こうした投資が回収できないということでした。
舞妓さんは、前述したように20歳前後に芸妓となりますが、花街の世界に入ってから通算約6年で「年季奉公」が明けるという時、芸妓として今後も続けるのか、あるいは引退(廃業)して別の職業の道に進むのかという大きな決断を迫られるのだそうです。芸妓を続ける場合には「自前芸妓」となり、個人事業主として独立することになります。引退するのであれば、結婚する、OLになる、料理屋の女将になる、クラブ経営を手がけるなど、様々なキャリアの選択肢があるそうです。なお、現在、特定の芸妓を経済的に支援する旦那衆は実質存在していないそうです。いわゆる「水揚げ」という風習も今は行われていません。また「芸妓と」「娼妓」と混同する人がいますが、芸妓は、芸を売っても体は売りません。「芸妓組合」という組合員組織もある職業のひとつなのです。
西尾氏によれば、現在、京都花街で働く芸妓さんは約200人、舞妓さんは約100人で合計約300人です。1930年(昭和4年)時点では約1,800人だったそうですから、ずいぶん減っています。しかし、東京は1930年当時約7,500人だったのが現在は約300人へと減り、大阪は約5,300人から約20人へとほぼ壊滅状態となっていることを考えると、京都は健闘していますし、近年は増加傾向にあります。
戦後、芸舞妓の数は減少の一途を辿り、1975年には京都花街でも舞妓さんはわずか28人にまで減るという状況がありました。このままでは舞妓さんがいなくなってしまうと危機感を抱いた京都花街では、京都出身者や芸事の経験者に限定していた過去の伝統を破り、全国から志望者を積極的に受け入れる方向へ大胆に方針を切り替えたのです。おかげで、東京、大阪と違って、芸舞妓さんの減少をくい止めることに成功しました。
最後に、京都花街で、極めて重要な役割を果たしているのが「お茶屋」です。京都のお茶屋さんは、「一見さんお断り」、つまり、既存客の紹介がない限り利用できないことで知られています。いったんあるお茶屋の客となったら、利用するお茶屋を簡単に変えてはいけないこと、費用は当日払う必要がなく後日精算することといった独特の仕組みが根付いています。こうした仕組みは、西尾氏によれば、質のよい取引先と強い信頼関係を構築し、長期的な付き合いを続けて安定的な売上げを確保するために編み出されたものであるということでした。
お茶屋は、お座敷のみを持ち、客を迎え入れます。そして、馴染み客の好みに対する深い理解を元に、お座敷をしつらえ、喜んでもらえる芸舞妓さんを選んで呼び、好みの料理を料理屋から運んでもらって客をもてなします。お茶屋は、置屋、芸舞妓、料理屋、しつらえ(畳、花、道具など)提供業者などの外部業者を顧客に応じて柔軟に組み合わせ、もてなしの場を提供する役割を果たしているのです。つまり、京都花街では、顧客の満足を得るサービスを提供するために、お茶屋を中心に複数の事業者が連携しているのです。
置屋、お茶屋の果たしている役割や、芸舞妓さんのキャリアについては興味深い話が尽きません。さすが350年以上続けられてきただけあって、経済合理性の点でも優れた仕組みであることが西尾氏の講演を通じてわかりました。さらに深く知りたい方は、西尾氏の著作『京都花街の経営学』をお読みになることをお勧めします。

主要図書
京都花街の経営学』東洋経済新報社、2007年

推薦図書
競争優位のシステム』加護野忠男著、PHP研究所(PHP新書)、1999年
働くひとのためのキャリア・デザイン』金井壽宏著、PHP研究所(PHP新書)、2002年

推薦サイト
http://www.kyotohanamachi.biz/ (京都花街CMS)

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