KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2008年07月07日

バイオサイエンスの最前線 冨田勝さん

冨田先生が所長を務める、慶應の先端生命科学研究所は、IT主導のバイオサイエンスという新しい研究アプローチを取るユニークな研究所です。
WEBサイトの紹介文をみると次のように書いてあります。

当研究所では、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピュータで解析・シミュレーションして医療や食品発酵などの分野に応用しています。本研究所はこのようにITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして、世界中から注目されています。

山形県鶴岡市という自然環境に恵まれた土地で、世界と戦う先端生命科学研究所のコアコンピタンスは二つある、と冨田先生は言います。
ひとつは、「メタボローム解析技術」と呼ばれる分析技術です。
メタボローム解析は、“究極の成分分析技術”とのことで、対象となる物質の細胞がどのような成分で成り立っているのかを一度に分析してしまう「スグレモノ」だそうです。
先端生命研は、独自開発したCE-MS法というメタボローム測定のノウハウを有し、これによって得られたメタボロームデータの解析ソフトウェアおよび代謝物質データベースを武器に、さまざまな領域で応用研究に着手しているそうです。
もうひとつは、「E-Cell(電子化細胞)」に代表される卓越した情報技術です。
コンピューターシミュレーションによる細胞メカニズムの再現技術など、ITを駆使して生命活動のモデルを構築・解析する技術を10年以上も蓄積しており、これらによって得られた膨大なデータを用いて、生命現象の包括的な理解が可能になっているそうです。
この二つの武器を使って、どのような研究に取り組んでいるのか、そのいくつかを冨田先生は紹介してくれました。


例えば、藻から軽油を生成しようという研究
特殊な微生物を含む「藻」が、窒素が不足すると、軽油の主成分と同じ脂肪成分を作り、体内に蓄積することに着目し、藻が効率よく油を生成する培養条件を解明しようという研究です。
既存のバイオ燃料の多くが、食糧との資源確保競争に陥り、食糧高騰を招いた一因になっているのに対して、藻はまったくのエサいらず、広大な海で培養すれば、低コストでエネルギーを産み出すことができるという夢のような研究です。
また、チリ共和国と共同で、バイオ技術を使った「銅」抽出研究も進められています。
これは、微生物の働きを利用して、従来技術では活用できなかった低質の鉱石の中から銅を取りだそうという試みです。
現在の採掘技術で抽出できる銅の量は、全体の一部でしかないので、30年後には枯渇することが予想されているそうですが、この技術が実用化できれば、これまで瓦礫でしかなかった低質鉱石が宝の山に変わります。「錬金術」ならぬ、「錬銅術」とでも言えばよいでしょうか。
他にも、遺伝子を繋ぎ合わせて新しいゲノムを作り出すという「ゲノムデザイン」や、旧急性肝炎やアルツハイマー病などの診断をいち早く可能にする「バイオマーカー」など多彩な研究が平行して走っているそうです。
バイオサイエンスの成果は、医療・地球環境・食品・鉱業などあらゆる領域での適用が期待され、人類が抱えている課題・難題に対する解決の一助になることを期待されています。
冨田先生は、学部生を含めた学生達が、上記のプロジェクトの参画し、研究に取り組むことで学ぶという「リサーチベースドラーニング」を重視しています。
一般教養→専門基礎→専門研究という従来型のプロセスではなく、まず研究に関わることで、サイエンスの楽しさを体感し、同時に自分の知識不足を認識することが、基礎学習へのモチベーションになるはずだという信念に支えられています。
福沢諭吉は、開港間もない横浜を訪れた際、外国商館に掲げられた英語の看板がまったく読めなかったことに強い衝撃を受け、それまでの蘭学から英学への路線転換を決意したと言います。
「知りたい」という想いの強さがすべての出発点になるのかもしれません。
冨田先生が、先端生命研を作る際に、最も重要と考え、かつ苦労して実現したのが、ジャグジーとサウナの設置だったとのこと。
はたして、先端生命研育ちの学生達から、「現代のアルキメデス」と呼ばれるサイエンティストが生まれるか。
少なくとも冨田先生は、それを信じているに違いありません。

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