KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2010年10月12日

遠山 正道「世の中の体温をあげる」

遠山 正道
株式会社スマイルズ 代表取締役社長(「Soup Stock Tokyo」開発・運営)
講演日時:2010年6月29日(火)

丸ビルの地下1階にも店舗があり、特に若い女性に人気のスープ専門店、「Soup Stock Tokyo」は、遠山氏がケンタッキーフライドチキン(KFC)へ出向中に事業化を企画し、KFCの子会社として立ち上げた飲食店です。その事業計画書は「スープのある一日」というタイトルのついた、架空の女性の物語が描かれていました。事業計画を物語にして描くというのは非常に珍しいスタイルです。遠山氏には、物語は情報が多くても理解しやすく、関係者を巻き込む効果が高いという考えがありました。別途作成した収益計画書には、10年後には年商約40 億、店舗数50という目標が書かれていましたが、ほぼそのとおりになっているそうです。

実は、三菱商事時代にもやはり、「原槙課長の電子メールがある一日」という物語を書き、社内におけるeメールの利用を促進させたことがあるそうです。同社の実在の人物を模したキャラクターを登場させ、その楽しさ、わかりやすさから社内で評判となり、当時の社長である槇原氏にその内容を説明する機会を与えられたとのことでした。

遠山氏は、大学卒業後に入社した三菱商事の情報産業部門で約10年経ったある日、自分の実力ではなく、会社の実力によってビジネスが成立していることに気付き、不安を感じます。一方、本業のかたわら、雑誌『ポパイ』にイラストが掲載されるほどの絵の腕前を持っていた遠山氏は、32歳の時に、約1年後に個展を開くことを決めます。それからは、夜の飲み会にもほとんど行かず、休日を返上して、70作品を仕上げました。多くの友人たちの協力も得て作品も完売し、個展は大成功をおさめました。こうして、一つの夢の実現に満足感を味わった遠山氏でしたが、友人から、これは夢の終わりではなくスタートだよね、と言われて改めて奮起したそうです。そして個展終了後、友人たちに「自分は、将来成功すると決めた」という内容をしたためた手紙を送りました。

それから、遠山氏は、仕事においても「うずうず」している状況を変えようと動きだします。もっと実感のある、手触り感のあるビジネスをしたいと考えたのです。小売や飲食業に興味を持った遠山氏は、本来情報産業部門からでは難しかった「KFC」への出向を、策を尽くして認めてもらいます。当時KFCの社長だった大河原氏にはずいぶんお世話になったそうですが、遠山氏は、大河原氏に対しても、「私は43歳までに社長になります。よろしくお願いします」といった内容の手紙を送っていました。こうして、遠山氏がKFCで働いていたある日、ふっと浮かんだのが「女性が一人でスープを飲む姿」。これが、「スープのある一日」という物語になり、「Soup Stock Tokyo」として結実したのです。

遠山氏によれば、スマイルズの企業理念は、「生活価値の拡充」です。日々の生活自体に価値を見出し、それを少しでも広げて充たしていくことのお手伝いをしたいという思いが込められています。さらに、この理念を支えるものとして、「スマイルズの5感」を定め、大切にしてきています。5感とは、具体的には「低投資・高感度」「誠実」「作品性」「主体性」「賞賛」という言葉で表される考え方です。

たとえば、「低投資・高感度」とは、スープ専門店の発想以前から遠山氏が持っていた考えでもあるそうです。お金や手間、時間をたっぷりかけなければ素晴らしいものができないのではなく、センスのよさ、優れた感性を発揮することでも、素晴らしいものが作れるという考え方です。この5 感は、社員たちの話も聞きつつ時間をかけて決めていきました。外から借りてきたものではなく、自分たちの中にある言葉を引き出したかったからです。おかげで、5感は社員たちにも浸透し、「スマイルズらしさ」を体現するものとなっています。講演では、5感を表現した映像を見せていただきました。新卒採用においても、スープ以前に「生活価値の拡充」や「スマイルズの5感」の説明にたっぷりと時間をかけます。そのため、学生からは、「スープの話がほとんど出てきませんね」と驚かれることもあるそうです。

現在、スマイルズは、MBO(Management Buy Out:経営陣買収)により、遠山氏がオーナーの会社となっています。そして、「Soup Stock Tokyo」に加えて、ネクタイ専門店「giraffe」や、新しいコンセプトのリサイクルショップ「PASS THE BATON」を展開しています。PASS THE BATONは、中古品を安く販売する従来のリサイクルショップと異なり、まさに「高感度」な、センスの良い店づくり、品揃えで人気を集めているそうです。この新事業でも、遠山氏のアイディアマンぶりが発揮されています。たとえば、陶器にお菓子を入れて売るというアイディアが浮かんだので、早速、何十年も倉庫に眠っていた瀬戸物のカップに「ラスク」を詰めたパッケージを作って並べたところ、月に数百個売るヒット商品になっているそうです。

遠山氏は、常に「どうありたいか」「なにをしたいか」という自分たちの「意思」を大切にしています。遠山氏は独特のファッションでも知られていますが、これはチャップリンをイメージしたものだそうで、明確な自分の軸に基づくファッションなのです。何事につけ自分の感性を大切にし、基本的な価値観、理念にこだわる遠山氏の思いの強さが伝わってきます。これが、一本筋の通った店舗運営、事業展開につながっているのでしょう。今後のご活躍も大変楽しみです。

主要著書
スープで、いきます 商社マンがSoup Stock Tokyoを作る』新潮社、2006年

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