夕学レポート
2010年12月14日
清水 宏保「限界に挑み続けて」
今回の夕学五十講は、司会の城取氏も壇上に上がり、清水氏にインタビューしながら進めていくスタイルで行われました。
清水氏は今年3月に現役引退を発表、また同月末に結婚されています。
引退後の生活について聞かれた清水氏、現役時代はほとんどホテル暮らし、年の3分の1は海外にいるような生活を送ってきたけれど、現在は、妻のいる自宅に、毎日戻るような「普通の生活」をしているとのこと。
現役時代の苦しい日々と一転して、おだやかな毎日を送られている様子です。
さて、3歳からスケートを始めた清水氏は、父親に徹底的にしごかれてきたそうです。清水氏の父親は、漫画「巨人の星」に出てくる星一徹そのもの。清水氏曰く、「大リーグボール養成ギプス」のようなものを持ち出しかねないくらいの厳しさでした。父親自身はスケートをやっていたわけではないそうですが、スケートに関する最新の情報を集め、清水氏を熱心に指導しました。
実は、清水氏が小2の時、父親が末期の胃ガンに罹っていることがわかるのです。余命半年。父親は、残された時間でできることは何かと考えたのでしょう、自分の息子との関係をもはや親子ではなく、選手とコーチとの関係とみなし、「清水」と呼び捨てにしてさらに厳しく指導しました。幸い、清水氏の父はその後、 9年間生き伸びることができました。清水氏をスピードスケーターとしてトップクラスに育てたいという思いが、ガンに簡単に屈服しない強い生命力の源泉になったのでしょう。
そんな父の姿を見続けた清水氏もまた、小さい頃から自分の持つハンディに打ち勝ってきました。気管支喘息だった清水氏は、病院の先生から「喘息持ちなんだから、運動をやってはいけない」と言われていたのです。また、当時のスポーツの常識では、大型の選手でなければ、海外の選手に伍していけないと考えられていました。ですから、小柄な清水氏は、学校の先生に「あなたは大成できない」「レギュラーになれそうな大学に行きなさい」などと、はっきり言われたのだそうです。
清水氏は父親譲りの反骨精神で、こうしたハンディをすべて覆してきました。持病の喘息をうまくコントロールして、オリンピックに出場し、またスポーツ選手として長く活躍したことは、喘息に苦しむ他の患者たちに大きな勇気を与えました。また、身長180cm、あるいは190cmを超える外国選手に勝ち、スピードスケートの世界記録を次々と塗り替えてきたことで、体格の差は乗り越えられない壁ではないことを実証しました。最近、加藤条治、長島圭一郎選手のように、比較的小柄な日本選手が頭角を現してきていますが、清水氏の活躍があったからこそでしょう。
喘息や体格のハンディを乗り越えるために清水氏が行った努力は半端なものではありませんでした。ただし、自分の限界まで追い込むような激しいトレーニングを行うだけでなく、どうすればもっと速くなるのか、とことん考え続けたことが、清水氏をアスリートのトップクラスに導いたのだそうです。
4年毎に開催されるオリンピックを目指す選手は、オリンピックに自分のピークを持っていくよう調整します。清水氏の場合、オリンピックまでに行われる試合において、常に様々な実験をしてきたのだそうです。それは、走法を変えるといった身体的な工夫だけでなく、気持ちの高め方といったメンタルな工夫の両方が含まれます。
ある試合で清水氏は、意図的に、高ぶる気持ちを抑えてみることにしました。体調面は、朝起きた時から、非常に良いことがわかっていました。しかし、身体的な好調さとは逆に、メンタル面では、あえて気持ちを高ぶらせすぎないようにしたのです。そして、この試合で、清水氏は「ゾーン」に入る体験をします。ゾーンに入ることは、「フロー体験」とも呼ばれますが、身体は適度に緊張していながら、メンタル的にはリラックスしているので、最高のコンディションを引き出せるのです。以来、清水氏は、最高のコンディションに持っていくために、身体的、メンタル的にどのように調整すればいいのか、実際の試合で実験を重ねてきたそうです。清水氏の試合歴には、しばしばあまり良くない結果が含まれていますが、オリンピックに向けて様々な実験をしたことが影響しているのでしょう。
清水氏は、ビジネスにも活かせそうな準備の仕方を教えてくれました。それは、「メンタルリハーサル」をするということです。清水氏が試合の前、会場に入ってまずやることは、観客席に座り、第三者の立場で自分がレースをしている姿を思い浮かべることでした。以前、清水氏がリンクで大の字になったことがありましたが、あれは、空の上から自分を見下ろすこと、つまり自分を客観視していたのだそうです。大事なことは、自分の動きにしろ、心理にしろ、第三者的な立ち位置からイメージできること。そうすることで、自分の身体や気持ちを自由にコントロールすることが可能になっていきます。仕事でいえば、プレゼンテーションに上達したければ、自分のプレゼンの様子をビデオに撮って見ることで、話し方や目線、ゼスチャーなど、どこを改善すべきかを客観的に考えてみる、といったことを行えばいいわけです。
さて、清水氏は幼稚園の頃から、33年間にわたって打ち込んできたスケートから引退し、現在はビジネス界に転じています。現在取り組んでいるのは、天然水や、自然素材のビタミン剤など。選手時代の経験を元に、自分が本当に欲しかった天然水やサプリメントを人々に届けようとがんばっています。現在時点では、スケートの指導者を目指してはいないとのこと。清水氏が、スポーツ界ではなく、なぜビジネスを始めることにしたのか、その理由は、やはり前例がないから。アスリートとして世界記録を残したようなトップクラスの人で、ビジネスで成功した人がまだいないのだそうです。
また、清水氏は、喘息に関する啓蒙・啓発活動にもさらに力を入れています。その対象は、医者、患者の両方です。喘息の治療法が確立したのはわずかに3年前。このため、医者の間では、最新の治療法がまだまだ十分に浸透していないのだそうです。喘息患者は日本ではおよそ200万人いるそうですが、毎年3千人弱の方が亡くなっています。ご自身も苦しんできた喘息の患者を助けるため、清水氏は医者、患者の両方に働きかけているのです。
清水氏の座右の銘は、「我以外、みな我が師」とのこと。自分以外のあらゆることから貪欲に学び、考え抜いたことでハンディを克服し、成長を果たしてきたのが清水氏です。ビジネスの世界でもきっと大成されるに違いありません。
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