KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

私をつくった一冊

2022年10月11日

桑畑 幸博(慶應MCCシニアコンサルタント)

慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。


1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください

現代思想の冒険』(ちくま学芸文庫)
竹田 青嗣(著)
筑摩書房
1992年6月

2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?

恩師である妹尾堅一郎先生が「哲学に造詣が浅い人は考え方が浅い」と仰ったことをきっかけに、まず同著者の『自分を知るための哲学入門』を読みました。
そして哲学に興味を持ったことから、より深く哲学について知りたいと思い手に取ったのが、この『現代思想の冒険』でした。

3.どのような内容ですか?

「現代思想」とは、一般的には20世紀後半から出てきた西洋の哲学・思想を意味しますが、著者の竹田青嗣はその中でも現象学を専門としています。
しかしこの本はそれ以前の近代哲学と呼ばれるデカルトやカントにも遡り、それでいて単に哲学史を概観するのでなく、なぜ現代思想が生まれたのか、そこにはどのような意味があるのかを、とてもわかりやすく解説してくれます。

そこから見えてくるのは、哲学とは難解な言葉を弄した「理屈」ではなく、先人達が悩み苦しみながら生み出したモノゴトの本質を見極めるための様々な「考え方」であることです。

私は“哲学”には「名詞としての哲学」と「動詞としての哲学」があると考えています。
名詞としての哲学とは「学問としての哲学」であり、また「経営哲学」のような「己の信条・理念」のことです。多くの方は哲学をこのようにとらえていると思います。
そして動詞としての哲学、つまり「哲学する」とは、「唯一の正解の無い問いに対して手を抜かずに考える」ことを意味します。

この「動詞としての哲学」の補助線になるのが、先人達の考え方であり、その具体例が現象学や構造主義です。
本書に出てくるそうした様々な「考え方」は、私たちが「哲学する」ときに役立つ補助線であり、ヒントなのです。

4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?

ヒトコトで言えば、慶應MCCのプログラムや企業の研修におけるコンテンツやその場での参加者との議論全ての「土台」をつくってくれたと言っても過言ではありません。

特に私が惹かれたのが「構造主義」でした。ソシュールの言語学を祖として、人類学者のレヴィ=ストロースによって普及した構造主義は、前述の言語学や文化人類学だけでなく数学や生物学、精神分析など様々な分野に応用されました。
考える対象を要素分解し、要素間の関係性に着目する構造主義は、まさに「思想」というより「思考の方法論」であるからです。

私はイノベーションやマーケティングに問題解決、そしてそのベースとなる思考法やコミュニケーション・スキルを専門としていますが、構造主義に出会わなかったらその中身は他者の受け売りの多い、「底の浅いコンテンツ」となっていたでしょう。

ひとつだけ例を挙げると、思考やコミュニケーションにおける「言葉の定義」の重要性に着目し、類義語を用いて言葉を定義する私の方法論は、ソシュールの「シニフィアンとシニフィエ」、そしてそれを補完したロラン・バルトの「デノテーションとコノテーション」がベースとなっています。

たとえば「営業力を伸ばす」がテーマの議論で、「何がどうなったら営業力が伸びた」と言って良いのか、それを定義しなくては、また「営業力」と「販売力」とは何がどう違うのかも定義せずして具体策の方向性は決まりません。
このように、相対化して言葉の定義を考えることは、思考や議論の質と効率に大きな影響を及ぼすのです。(ちなみにその定義の「正しさ」は考える必要はありません。重要なのは思考と議論のスコープを決めることだからです)

5.この本をおすすめするとしたら?

新型コロナウイルスによるパンデミックは、「生命と経済の危機」という側面だけでなく、「考え方の違いとその距離の拡大」という別の問題を浮き彫りにしてしまいました。

何が正しくて何が間違っているのか。
仕事の中身や働き方、そして生活や教育に至るまで、今を生きる私たちは2年前とは違う多くの悩みを抱え、しかしそれでも判断や決断を迫られています。

自分の経験や価値観「だけ」で、他者を批判するのは簡単です。しかし本当に自分の意見は「正しい」のか、それを今こそ私たちは自問自答すべきと考えます。
だから本当は「自己批判のない他者批判」をしている方々に読んでほしいのですが、そうした自分の意見と考え方に疑問を持たない人は、こうした哲学書は避けるであろうことが残念です。

だからまずは、社会での言説の「何が正しくて何が間違っているのか」、また仕事において「どうしたら適切な答えが見つかるのか」に悩んでいる方々に読んでほしいと思います。

そして多くの方が、安易に正解を求めず「唯一の正解の無い問いに対して手を抜かずに考える」、つまり「哲学する」姿勢を持つようになってほしいと思うのです。

桑畑 幸博

桑畑 幸博(くわはた・ゆきひろ)
  • 慶應MCCシニアコンサルタント

慶應MCC担当プログラム

大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應MCCでプログラム企画や講師を務める。
また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。
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