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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

私をつくった一冊

2023年05月09日

石山 恒貴(法政大学大学院政策創造研究科 教授)

慶應MCCにご登壇いただいている先生に、影響を受けた・大切にしている一冊をお伺いします。講師プロフィールとはちょっと違った角度から先生方をご紹介します。

石山 恒貴

石山 恒貴(いしやま・のぶたか)
  • 法政大学大学院政策創造研究科 教授

慶應MCC担当プログラム

1.私(先生)をつくった一冊をご紹介ください

状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加
ジーン レイヴ&エティエンヌ ウェンガー(著),佐伯胖(訳)
産業図書
1993年11月

写真は当時から何度も読んできたオリジナル版(左)と、その後の新訳版(右)です。ともに(上・下刊の2部からなる書籍です)。新訳のほうが読みやすいのですが、オリジナル版に愛着があり、読み返す場合には、オリジナル版を読んでしまうので、すでにボロボロになってしまっています。

2.その本には、いつ、どのように出会いましたか?

出会いは、40歳くらいのころ、社会人大学院の修士課程で学んでいた時でした。当時は、人事部門で人事業務に携わりつつ、平日の夜や週末に大学院で学んでいました。その頃の関心は、人事実務に学びを直接いかすこと。しかし、授業で本書を紹介されたときに、学びとは、実務に直接いかすことだけではないのだと実感しました。

授業では、本書は難解だと紹介されました。実際、一読した時はさっぱり意味がわかりませんでした。しかし意味がわからないながらに、なぜか魅力を感じ、その後繰り返し読み続けることになりました。

3.どのような内容ですか?

一言でいえば、状況論と実践共同体に関して述べられている本です。本書の著者は、文化人類学者のジーン・レイヴと、後に経営コンサルタントになるエティエンヌ・ウェンガーです。人類学者と経営コンサルタントという異なる領域の著者が記したという点にも重要な特徴があります。

題名があらわすとおり、学習とは学校教育のように日常の文脈で切り離された空間で生じるとは限らないということが本書の主張。そうではなく、学習とは日常の文脈とは切っても切り離せないもので、そうした状況に埋め込まれて発生するわけです。この主張が状況論の眼目です。そして、日常の文脈の中で代表的な場として紹介されるものが、実践共同体です。

実践共同体とは、ある領域に興味・関心がある人々が自発的に集まり交流する場を意味します。それは社会的実践の場であり、学習が生じる場です。具体的な実践共同体の事例をもとに、実践共同体のどのような条件が学習につながるのか、その理論化を図った記念碑的な書籍でもあります。

4.それは先生にとってどんな出会いでしたか?

私の人事という実務への関心を、研究の世界へと拡大してくれた書籍、と言っても過言ではありません。前にも述べたとおり、本書を紹介された時は社会人として修士課程で学んでいました。既に40歳になっていたこともあり、研究者になることや、研究論文に取り組む方向へのキャリア転換は視野に入っていませんでした。

しかし、本書の難解さに根をあげながらも繰り返し読み続けることで、ここに書いてあることの本質が、自分の経験と一致するような気がしてきました。当時、人事業務に携わる中、社外の勉強会・研究会に興味を持ち、なるべく参加するようにしていまいした。そのような社外での交流が、状況論と実践共同体について説明されていることと、かなり一致するような気がしたのです。そして研究として突き詰められていることが、現実で起こっていることをうまく説明していることに魅力を感じました。この研究に対する魅力が、その後の研究者キャリアへの転換の契機になっていることは間違いありません。

そして数年後、社会人として博士後期課程に進んだ時も本書への関心が薄れることはなく、博士論文のテーマとしての越境学習に結びついていったのです。

5.この本をおすすめするとしたら?

本書は人材育成、学習論に関心を持つ人にとっては必読だと思います。私はたまたま経営学という視点から本書に関心がありますが、教育学、社会学、人類学、心理学など様々な視点で捉えることをできることが本書の魅力です。

また実践共同体に多重に参加するという観点で、本書は越境学習につながります。越境学習に関心がある方にとっても必読であると考えます。

石山 恒貴

石山 恒貴(いしやま・のぶたか)
  • 法政大学大学院政策創造研究科 教授

慶應MCC担当プログラム

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理、タレントマネジメント等が研究領域。経営行動科学学会優秀研究賞(JAASアワード)(2020)、人材育成学会論文賞(2018)、日本の人事部「HRアワード2022」書籍部門最優秀賞受賞。
日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事、人事実践科学会議共同代表、一般社団法人シニアセカンドキャリア推進協会顧問、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、専門社会調査士等。
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