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夕学レポート

2022年09月13日

上野 水香「今を生きる 未来をつくる力」

上野水香
東京バレエ団 プリンシパル
講演日:2018年1月26日(金)

上野水香

「美しい人」 上野水香さん

今回の講師は、東京バレエ団プリンシパルの上野水香さん。
日本舞台芸術振興会の岩永氏が進行をつとめ、上野さんが岩永氏の質問に答えるという対談形式で講演は行われた。

最初に岩永氏が登壇して本日の流れを説明し、続いて上野さんがステージに登場。その途端、私の目は上野さんの姿に吸い寄せられてしまった。
スラリと背が高い。黒髪のロングヘアがサラサラなことは、会場後方の私の席からでもわかる。頭の上からスーッと一本の糸で釣っているかのようにまっすぐな姿勢。座ってもその姿勢の美しさが損なわれることはなく、マイクを持って話すシルエットの優雅なこと。

岩永氏は、「バレエに触れたことのない人もいるだろうから」と言って、上野さんにバレエの基本となるポーズを披露するようお願いした。上野さんはすっと立ち上がり、「これが1番」「これが2番…」と言いながら、5つのバレエのポジションを見せてくれた。
そのどれもが美しかったことは勿論なのだが、5番目のポジションが終わるあたりに会場から拍手が起こると、上野さんは右手をふわっと上げ、ゆっくりと下におろしながら足を曲げて滑らかにお辞儀をした。瞬間、会場の時計がスローになった気がした。

東京の雑踏の中でも、上野さんがただ歩いているだけで皆が振り返るだろうと思う。レストランで食事をしているだけで視線を集めるだろう。お辞儀をしただけで、「この人はただものじゃないな」と誰もが気づくだろう。そんな雰囲気の人だ。

頭の先から足の先に至るまで、止まっていても、動いていても、本当に美しい人だと思った。

講演はルネサンス期から現代にいたるまでのバレエの歴史を紐解くことから始まった。
ロマンテックバレエの代表「ラ・シルフィード」や「ジゼル」、ロシアで誕生した3大バレエ「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」、新しいバレエが生まれた時代の「牧神の午後」・・・。
私自身はこれまでバレエとはほぼ無縁に生きてきた人間なのだが、小学~中学生の頃に30回は読み通した愛読書「SWAN―白鳥―」(有吉京子著 ※全21巻の少女漫画)のおかげで、馴染み深い内容であった。

そんな中で、私が全く知らなかったこともあった。
バレエは「口承」により伝えられていくものだということ。音楽の「楽譜」に相当するものがバレエにはなく、指導者から直接教わるのが基本だという。また、バレエの演目の多くは、指導者の許可がないと踊れないこと。例えば「ボレロ」の中心で踊るメロディの役を演じられる女性は、上野さんを含め、世界中に20数人しかいないのだそうだ。
それゆえに上野さんは「作品の中にある精神を、体でもって受け継いでいる感覚」があるのだと言った。人間の体が歴史の媒介になる。それがバレエ。
人が人に直接教えることでしか伝えられないと聞くと、華やかなバレエの世界が途端に人間臭いものに感じられてくるから不思議だ。稽古場の吐息が、汗が、感じられるようだ。

さて、上野さんの姿の美しさにすっかり魅了されてしまった私であるが、上野さんが話す内容を聞いていると、良い意味でとても「普通」であることがまた新鮮であった。偉ぶることもなく、謙遜し過ぎることもなく、孤高の人という感じでもなく、強すぎることも弱すぎることもなく。

例えば上野さんは、10代後半でモナコに留学していた頃のエピソードも話してくださったのだが、ライバルたちと共に暮らしながらも「競争に勝ち残ってみせる」というような意識はあまりなかったそうだ。先生に怒られると「何がいけないんだろう」と考え、次は怒られないようにしようとがんばった。先生に褒められると嬉しくなって、ますますがんばったというお話も、本当に普通の女の子、普通の女性という感じがした。
また、上野さんは舞台の前は毎回とても緊張するという。それでも「緊張するのがダメだと思うのがダメ。緊張を楽しまないと」という。これは、私自身がプレゼン前で緊張している自分に言い聞かせるのと同じような内容だ。

そんな上野さんは、岩永氏によると「世界のたくさんの振付家に愛される人」なのだそうだ。ゆえに踊れる演目も多い。世界中の指導者達を惹きつける上野さんの魅力とは何だろう?

バレエのテクニックがどうだとか、解釈がどうだとかということは、私にはわからない。ただ今回のお話を聞いて一つ思ったのは、上野さんの「素直さ」というのは大きな持ち味であり魅力なのかもしれないということ。
植物が根から水を吸い上げて背丈を伸ばしていくように、太陽の光を存分に浴びて緑を濃くしていくように、上野さんは人々からの指導を受け止めて自分の体で最大限の表現をする。そんな伸びやかな上野さんの姿が私には想像された。
瑞々しさ、素直さ。上野さんにはそんな魅力があるのではなかろうか。

ともあれ、上野水香さんは全方位から見てもとても美しい方だった。外見だけでなく、内面の美しさも含めてのことだ。何よりそれが一番印象に残る講演だった。

(松田慶子)

上野 水香(うえの・みずか)
上野水香
  • 東京バレエ団 プリンシパル
1977年神戸生まれ。5歳よりバレエを始める。15歳でローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞後、モナコのプリンセス・グレース・アカデミーに留学。2004年東京バレエ団に入団。古典から現代作品までレパートリーは幅広く、ベジャールの『ボレロ』を踊ることを許された唯一の日本人女性ダンサー。自身によるプロデュース公演でも成功をおさめる。
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