夕学レポート
2012年10月18日
想定外変化の時代のキャリアと人材開発 高橋俊介さん
2010年-11年にかけて、高橋俊介さんが所属する慶應SFCのキャリア・リソース・ラボラトリーとリクルート社ワークス研究所との共同調査が行われた。
「21世紀キャリア研究会」と名付けられたその調査を通じて、高橋先生が確認したことは、10年前の自らの予測が、現実のものになったという事実であった。
将来的な目標に向けて、計画的に一つ一つキャリアを積み上げていくというキャリアデザインの考え方が、急速に成り立たなくなろうとしている。
21世紀には、自分が描いてきたキャリアの将来像が、予期しない環境変化や状況変化により、短期間のうちに崩壊してしまう現象が、あちこちで起こるのではないか...
『キャリアショック』(2000)という本の「まえがき」で、高橋先生はこのように綴っていた。10年後、この予言通りの現象が、多くの企業で起きていることが検証できたという。
「想定外変化」「専門性細分化・深化」
上記の現象は、この二つの特色で表現できる。
コツコツと積み上げてきた自分のキャリアが、あっという間に崩壊してしまう。
にもかかわらず、仕事は高度化・細分化しており、ひとつの道を深く極めることを求められる。
股先現象とも呼べるような根深いジレンマに陥って、多くの人々が困惑している。
こういう時代に適応して、自分らしいキャリアを築いていくためにはどうすればよいのか。高橋先生は、三つの要件を提示してくれた。
・「目標より習慣」
予定通りにキャリアが作れない以上、目標ではなく、良い習慣が、自分らしいキャリアに導いてくれる。
・「普遍性の高い学びの能力」
想定外変化によって使い物にならなくなる能力ではなく、どこでも通用する普遍的な能力を身につけておかねばならない。
・「健全な仕事観」
仕事観=「なんのために働くのか」が一本足の人間は変化に弱い。もっと多面的にバランスよい仕事観を持たねばならない。
しかしながら、上記の用件を阻害するやっかいな特性が、日本人を縛り付けているという。
ひとつは、若者を中心に蔓延する功利主義的な発想である。
如何に効率的に、短期的、最短距離で、正解に辿り着けるか。この呪縛にとらわれている限り、想定外に対応することは難しい。
普遍性の高い学びの能力を獲得するには、仕事における背伸びやチャレンジが必要になる。
常に自らをストレッチするという習慣を持つことで、想定外変化に耐えうる基礎体力が身につくからだ。
この重要性を、功利主義的な若者に如何に納得させるか。新たなロジックとやり方が必要になる。
大学・大学院といった高等教育機関で学び直すことを軽視する意識も阻害要因になっている。
普遍性の高い学びには、原理や基礎理論、良質な古典が相応しい。その機会は大学・大学院に用意されている。にもかかわらずその重要性が理解されていない。先進国にあって、特異な現象だと高橋先生はいう。
中高年になるに従って、仕事観そのものが希薄化していくのも日本人のやっかいな特性である。
「なんのために働くのか」が見えなくなってしまうのだ。
日本企業の不祥事の多くが、個人的な利益追求の結果で起きるのではなく、過度な損害回避や異常な組織忠誠心の結果として引き起こされることも、仕事観喪失現象と深い関係がある。
では企業はどうすればよいのか。
まずは、伝統的なやり方が機能しなくなっているという自覚を持つことが必要だ。
OJT重視、大学・大学院での学び直し軽視、やる気偏重主義、マニュアル信仰等々。これを変えなければならない。
これからの人材開発は、上から、会社から、何かを教えるという一方通行ではない。学び合いの場づくり 教え合う環境を作ることである。
ストレッチの習慣を、知らず知らずのうちに根付かせることが必要であろう。
内省の習慣を職場に作り込むことも大切なことだ。
組織における自分の立ち位置は何か、自分は何をもって会社に貢献できるのか、といったことを深く考え、語り合う機会を定期的に設けるべきだ。
基礎理論を学ぶための場として大学・大学院での学び直しを再評価した方がよい。
プロフェッショナル志向が高い社員が力を発揮できる仕組みや環境も不足している。
想定外への備えを、マニュアルに頼るのではなく、変化対応力を鍛える応用訓練をもっと増やさねばならない。
そう聞くと、処方箋の多くは、すでに何度も指摘され、取り組まれてきたはずのことだ。
にもかかわらず、以前として問題は解決されていない。いったいなぜなのか。
働く大人の人材開発に関わってきた人間として、内省と自戒が必要かもしれない。
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