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夕学レポート

2012年10月16日

企業の「マニュフェスト」  出口治明さん

photo_instructor_640.jpgライフネット生命には、「マニュフェスト」がある。
ライフネットの生命保険マニフェスト
http://www.lifenet-seimei.co.jp/profile/manifesto/
企業に「マニュフェスト」と聞いて違和感を覚える人も多いだろう。「マニュフェスト」とは、元来は政治用語のはず。
調べたらマルクスの『共産党宣言』の原題は、Das Kommunistische Manifestであるらいしい。
宣言書、声明書という意味が適切だろう。
多くの企業にあるのは、「マニュフェスト」ではなく、「経営理念」である。
両者の違いは、誰に向けて作られたのかという対象の違いではないだろうか。
「経営理念」は、主たる対象を従業員に想定しているように思う。共に働く人間として、こういう志を共有して欲しいというメッセージである。だから「同志」という言葉がよく使われる。
「マニュフェスト」の場合は、外部を対象としている。(もちろん従業員も含まれるが)
自分達の方針や意図を、広く多数の者に人々に知ってもらうために作られるのが「マニュフェスト」である。


ライフネット生命の「マニュフェスト」は、社員にとって、行動の指針となる「理念」「哲学」の代替もするし、具体的な仕事のやり方を示す「マニュアル」的な側面も持つ。
また、株主や顧客からすれば、会社としての今後の「事業戦略」「経営方針」を兼ねている。
抽象的な概念、明確な方向性、具体的な活動内容という、経営学ではレイヤーが異なるとされてきた要素を兼ね備えている。
出口さんに控室でお聞きしたところによれば、「マニュフェスト」を作ったのは、起業する前だった。パートナーである岩瀬大輔さんと二人で、喧々諤々議論して、少しずつ形にしていったものだという。
こんな会社にしたい、こんな生命保険を作りたい、生命保険はこう売るべきだetc。
二人は、熱くて、具体的な思いをぶつけ合った。
ライフネット生命の「マニュフェスト」に、抽象性と具体性が混成している所以がここにある。
しかも、プロのコピーライターに、議論のプロセスに同席してもらい、最初から広く多数に読んでもらうことを意識して言語化していった。
その過程では、二人が気にいっていた言葉・フレーズをあえて外したこともあった。いくら熱い思いが込められていようが、他者に伝わらない言葉・フレーズには意味がないという割り切りもあった。
理念、マニュアル、戦略を包含した「マニュフェスト」はこうして生まれた。
よく読んでみると、例えばこうある。

「私たちの会社は、学歴フリー、年齢フリー、国籍フリーで人材を採用する。そして子育てを重視する会社にしていく。働くひとがすべての束縛からフリーであることが、ヒューマンな生命保険サービスにつながると確信する。」

この一節があれば、ライフネット生命の採用担当者が取るべき道は明確である。
「わが社は、個の自律を尊重し、自己実現を目指す人々を応援します...」という、よく目にする経営理念と比べてみるとその差は歴然としている。
このような一文もある。

「私たちのウェブサイトは、生命保険購入のためのみに機能するものではなく、”生命保険がわかる”ウェブサイトとする。」

WEB制作担当、デザイナー、意志決定者にとって、この一文より具体的なチェックリストはない。
「お客様の立場で考えます...」という紋切り型メッセージとは大違いである。
さらにはこんなことも書いてある。

「事務コストを抑える。そのために、紙の使用量を極力制限する。インターネット経由で、契約内容を確かめられるようにする。」

こうはっきりと宣言している会社に、「紙のパンフレットがない」と立腹する顧客はいないだろう。
理念であり、ビジョンであり、マニュアル。
大切にしたい価値観を謳いつつ、目指すべき方向を指し示し、自分達の仕事のチェックリストにもなる。
ライフネット生命の「マニュフェスト」は実に興味深い。

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