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夕学レポート

2011年02月10日

阿刀田高さんと読み解く【旧約・新約聖書とキリスト教】その4

国家であれ、企業であれ、宗教組織であれ、ある社会システムが大きく発展するためには、二つの役割が必要になります。
ひとつは、身をもって、その精神を具現してみせる「象徴」の役割
もうひとつは、大きな絵を描き、道筋を示す「戦略家」の役割
イエス亡き後のキリスト教(正式にはイエスの死後にキリスト教が生まれました)が世界宗教へと拡大の道を進む上にも、二つの役割が必要となりました。
阿刀田さんによれば、イエスの弟子達のうち、「ペテロ」「パウロ」の二人がそれぞれの役割を果たしたそうです。
『新約聖書』の使徒言行録は、弟子達による布教・伝道の記録ですが、その主役ともいえるのが「ペテロ」と「パウロ」です。
ペテロ41ZPC2NX7BL__SL160_.jpg
ペテロは、イエス生前の十二人に使徒の筆頭格にあたります。リーダーにいち早く付き従い、たたき上げの最側近として仕えてきた人物です。
もともとガレリヤ湖の漁師で、知性派ではありませんでしたが、誰よりもイエスを信じ、誠実な人柄と行動で知られ、命懸けの布教を宿命づけられた使徒達の「象徴」にふさわしい人物でありました。
初代ローマ教皇に叙せられており、バチカンの法王庁はペテロの墓の上に立つと言われています。サン・ピエトロ広場(寺院)の命名も彼に由来します。
パウロは、十二人の使徒には入っていません。イエスの死後に頭角を現した人物です。
当時の知識言語であったギリシャ語に堪能で、ローマ市民権を持つ知識派のユダヤ人でした。ユダヤ教の信者として、キリスト教を弾圧する立場にいましたが、ある日、神の預言を授かり、生涯をキリスト教の布教に捧げることになりました。
キリスト教が世界宗教へと拡大できた理由は後述しますが、それに際して、パウロのギリシャ語の能力、ローマ世界への人脈は大きな武器になったと思われます。
二人は、さしずめ、創業社長亡き後の会社にあって、「社員の信頼が厚い、たたきあげの専務」と「MBAを持ち、英語にも堪能な外様常務」といった感じでしょうか。
二人が正面から権力争いをすると会社は崩壊しますが、外様常務がたたきあげ専務を立てつつ、巧みに役割分担をしたことで、株式会社キリスト教は発展をしました。


特に、パウロが果たした役割は、構想家・戦略家・システムデザイナー・海外戦略責任者を兼ねたもので、キリスト教初期の最大の功労者ではなかったかと阿刀田さんは言います。
阿刀田さんによれば、パウロが描いたキリスト教布教戦略は、当面の敵であるユダヤ教の欠点を徹底的に突くものでした。
・形式主義(従来の律法に固執して、割礼などの風習にこだわっていた)
・選民主義(ユダヤ民族だけを救済の対象とした)
信仰において重要なのは、形式にこだわることではなく、神を信じるという精神である。
ユダヤの民に限らず、キリスト教を信ずるすべての民族、国家を布教の対象とする。
この二つの基本思想を核にして、パウロは教義解釈の理論武装や布教の方法論を構築します。さらには自ら二万キロ(地球半周)にも及ぶ宣教巡行を敢行します。しかも旅先でもせっせと手紙を書き、休むことがありませんでした。
コンピューター&拡声器付きのブルトーザーといったところでしょうか。
キリスト教は、なぜ布教に成功したか。
この命題に対して阿刀田さんは次のようにまとめてくれました。
・貧しい人々、弱い人々にも平等に神の愛が注がれると説いたこと
神は現世の権力者にために存在するというのがそれまでの通念でした。
・徹底して「個」に働きかけたこと
神は、民族のためにあるのではなく、個人を救済してくれることを強調しました。
・地の利、時の利、人の利があったこと
イスラエルはギリシャやローマといった先進文化地域に広がりやすい立地、ユダヤ教が硬直化した時代、パウロという戦略家の存在etcが複合的に作用しました。
初期キリスト教が布教を広めるうえにおいて、最大のターゲットであり、障害でもあったのが隆盛期にあったローマ帝国でありました。
キリスト教は、実に三百年の時間をかけて、ローマへの布教に成功します。その間にペトロもパウロも、そし多くの使徒達が殉教しました。
しかし、イエスの死と復活の教えは、激しい弾圧と殉教を布教エネルギーに転換する精神装置をキリスト教に組み込んでいました。
弾圧が激しくなるほどに、殉教者が増えるほどに、布教の力は増大し、四世紀になると、ついにローマはキリスト教を国教に定めます。
ローマに台頭しつつあった中産階級(反皇帝勢力)に、キリスト教はしっかりと根をはり、皇帝も民衆掌握のツールとしてキリスト教を取り込まざるを得なくなったのです。
キリスト教の大勝利は、宗教が政治を支配する時代、暗黒の中世の始まりでもありました。

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