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Sushi University

2018年07月10日

山内 久未

平日の午前11時。私はとあるSushi Barにいました。わずか10席しかない、カウンターだけの小さなSushi Bar。目の前でお寿司を握ってくれる職人さんは日本人ですが、カウンターに座っている日本人は私一人だけ。お店の中では英語、フランス語、スペイン語、中国語、韓国語、タイ語…様々な言語が飛び交い、日本語を話す人は一人もいません。実に多彩な国籍の人々が美味しそうに、日本食の代表であるSushiをほおばっています。
さて、私はいったい、どこのお寿司屋さんにいるのでしょう?

ニューヨーク?シンガポール?

いえいえ。実はここ、築地市場のど真ん中にある、世界中の人々に大人気のお寿司屋さんなのです。

築地にある“日本で絶対食べたい二大寿司店”

お店の名前は「大和寿司」。築地場内市場の魚がし横丁の一角にあります。こちらの「大和寿司」、もともと日本人にも大人気だった築地を代表するお寿司屋さんなのですが、もうひとつの大人気店「寿司大」が2014年、旅行クチコミサイトTripAdvisorで日本のベストレストランに輝いたのをきっかけに、“日本で絶対食べたい二大寿司店”としてその人気が瞬く間に世界中に広まりました。

特にベストレストランとして世界中で有名な寿司大はいまや朝5時の開店から2時間、3時間待ちは当たり前というから驚きです。以前からこの2店舗の存在が気になりつつも、ツアー中にそれだけの長時間を行列のために使うわけにもいかず、なかなか訪れることのできなかったのです。朝からの築地ツアーが半日で終わったこの日、あいにく寿司大はすでに「受付終了」の文字。すぐ近くの大和寿司にも30人ほどが並んでいましたが、なんとか最後尾に滑り込むことが出来ました。

こちらの2店舗、私たち日本人が良く利用する「食べログ」でも高評価ですが、そこは世界中のクチコミが集まるTripAdvisor「美味しかった」の表現が実に多彩です。

「オーマイゴット、地球上で一番美味しいお寿司だ」
「今までの人生で一番美味しいお寿司。間違いない」
「どんだけでも並ぶ価値あり。今日も並んで、明日も行くつもりです」
「始発前、新宿からタクシーで4,000円かけてやってきました。大満足!」

そんな熱気と寿司への期待感が溢れる行列に並ぶこと約1時間。ついにお店に入ることが出来ました。平日の、しかもやや早いランチタイムという事もあり、カウンターに座っているお客さんは、冒頭にお伝えした通り、私以外は全員外国人でした。ネットの情報から、ほとんどの人が頼むという「店長おまかせセット」(3,780円)を注文します。こちらの大和寿司さん、お寿司の美味しさはもちろん、その人気の秘密はこのおまかせセットのお得感とその演出。お寿司7貫と出汁巻き卵、巻物2種がついてくるのですが、最初に出てくる握りはなんと!大トロなのです!

粋なお寿司の食べ方は、味の淡白なネタから徐々にしっかりした味わいのネタへ…と以前どこかで読んだことがあるのですが、聞いたところによると「長い時間待っていただき、お腹が空いているお客様への心配り」として、まずはどーんと大トロを出しているのだとか。築地市場を歩き回り、さらに行列で待ちくたびれた身体に、とろける食感の大トロが染みわたります。

そういえば私が子供のころ、お寿司って今よりちょっと特別な存在でした。親戚の集まりやお祝い事の席に、出前で届けられる巨大な寿司桶に子どもながらにわくわくしたものです。いまや100円均一で食べられる回転寿司チェーンや、手軽に買えるパック寿司が増え、海外のスーパーやデリで“Sushi”を見かけることさえあります。お寿司屋さんのカウンターで、こんな風にお寿司をいただくなんて(しかもランチに一人で)、ちょっぴり大人の階段を上った気がするなぁ…と思わず感慨にふけりながら、その後も、車海老や雲丹、墨烏賊や煮穴子など、一つ一つ丁寧に握られたお寿司にうっとりしながら舌鼓を打つ私。すると、すでにセットメニューを食べ終えた周りの外国人たちが次々とお好み握りを追加注文していきます。

“OHTORO!”
“UNI!!”

圧倒的人気は大トロとウニ。欧米人からもアジア人からも次々と巻き起こるオートロ!ウニ!コールの嵐。それらの声に「はい!」と様々な言語でお寿司を提供する職人さん。そして握りたてのお寿司をほおばった時の恍惚の表情は万国共通。
心の底から嬉しそうにお寿司を噛みしめる世界中のお客さんを見ながら、「お寿司の味も値段もさることながら、職人さんとこうやって対面で、目の前で握ったお寿司を食べる経験そのものも“本物の寿司体験”として喜ばれているのかもしれないな」と、そんなことを思ったのでした。

本物の江戸前寿司体験、Sushi University

築地で美味しいお寿司を食べてしばらく経ったころ。お寿司の神様が微笑んでくれたのか?お寿司に関わる新しい仕事の依頼が来ました。すし大学(Sushi University)での通訳のお仕事です。

すし大学のコンセプトは、英語だけでなく世界11か国の言語で次のように書かれています。

カウンター越しにすし職人と粋な会話を楽しみながら、本格的な江戸前寿司を食してみませんか。すし大学では、単に寿司を味わうだけではなく、寿司にまつわる文化や歴史、旬のネタ、職人のこだわりや店の流儀、そしてその瞬間にお客さまが感じた疑問をその場でお聞きいただけるような通訳同行サービスを江戸前寿司発祥の地、東京で展開しています。せっかく東京で寿司を食べるなら、ゆったりとカウンターに座り、一貫の寿司に秘められた想いを感じながら、寿司店で記憶に残る時を過ごしてみませんか。

つまり、私たち日本人がお寿司屋さんのカウンターに座って、すし職人と会話を楽しむのと同じように、外国人のお客様にも“本物の江戸前寿司体験”をしていただくというものです。

都内の有名な高級寿司店の中には、英語が話せるスタッフが常駐しているお店ももちろんありますが、プロの職人の方から文化や歴史の話までをじっくりと聞くことのできるお店はなかなかありません。私たち通訳ガイドにとっても、貴重な経験になるに違いない!とチャレンジすることにしました。

お客様の感動、職人の喜び

すし大学当日。本日のお客様はアメリカ人ご夫妻のAnthonyさんとMelissaさんです。聞けばこの日はAnthonyさんのお誕生日。アメリカでも日本でも、ご夫婦でよくAnthonyさんの大好物のお寿司を食べに行くそうですが、今日は特別な日のディナーとしてすし大学を申し込んだのだとか。

お二人と一緒に訪れたのは、都内某所にある老舗のお寿司屋さん。駅前の商店街から少し離れた、閑静な住宅街にある静かで雰囲気の良いお店です。カウンターが数席と、テーブルが1つだけの店内。お寿司は築地から毎朝ご主人自らが仕入れ、ご主人が一人でお客様のお寿司を握ります。お寿司のコースは全てお任せ。墨烏賊からはじまり、甘海老、赤身、といったネタが出され、その1つ1つに、ご主人から丁寧かつ興味深い解説が加わり、味を一層引き立てます。

ご主人の話を聞き、それを通訳しながら私自身もとっても勉強になりました。これまで美味しいお寿司=新鮮な魚、とばかり思っていた私。もちろん新鮮さも大切なのですが、そこに最適なタイミングまでの熟成や、穴子などに使われるツメの調合や、ヅケ、昆布締めといった職人の技巧を加えることで、魚の持つ旨味を最大限に引き出したものが、本物の江戸前寿司なのだそうです。たとえば、カウンターの中にある冷蔵庫。木製で、中は電気ではなく、本物の氷で冷やされています。昔の日本の冷蔵庫?と思って驚きましたが、実はこれ、魚に適した水分と温度を管理するために最適なのだとか。ここで数日、時には数週間寝かせることにより旨味が凝縮されるのだそうです。

また、お寿司というのは、世界で唯一、職人が道具ではなく素手で調理をし、素手でお客様に提供する料理なのだそうです。手で直接食材に触れ、提供するからこそ、清潔さや温度、あらゆる面に気を配り、目の前のお客様にご満足いただけるように一心に寿司を握るのだと、ご主人は教えてくださいました。
大トロが特に大好きだというお二人。コースの終盤に出された大トロに「口の中でとろける!!!」と大感激し、煮ハマグリ、玉子で締めくくった後、ご感想を聞いてみました。

「今日召し上がった中で、一番のお気に入りはどのネタですか?」

するとお二人、顔を見合わせて

「そうだねぇ…。大トロも素晴らしかったけど…一番感動したのは赤身のヅケかなぁ。赤身って今までほとんど食べたことなかったんだけど、今日のは本当にびっくりする美味しさだったよ。生まれて初めて食べる味だった!」とのご感想。
それをご主人にお伝えすると、それまで真剣な表情だったお顔がふっと緩み、笑顔で「そうですか。それはなにより嬉しい言葉ですね」とおっしゃってくださいました。

ただ酢飯にお刺身を載せた料理、ではなく、魚の質×職人の技術の掛け算によって生み出される本物の江戸前寿司の美味しさはどうやらAnthonyさんご夫妻にもしっかりと伝わったようです。お店のご主人とAnthonyさんご夫妻、たった1回のディナー通じて、でも互いの心が通じ合ったという確信。じんわりと幸せな空気で店内は満たされました。言葉の壁を乗り越える媒介役になれた喜びに、私自身もなんだかとても幸せな気持ちになった、そんな夜になりました。

山内 久未(やまうち・くみ)
慶應丸の内シティキャンパスで2年間ラーニングファシリテーターとして多くのプログラムを担当。退職後、約2年間の勉強生活を経て2015年春より通訳案内士(通称:通訳ガイド)として日々奮闘中。

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