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慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2010年02月12日

『思い込み』の罠

慶應MCCのメルマガ『てらこや』の「今月の一冊」で、論理思考の講師の立場から松尾貴史さんの「宇宙人はなぜ地球に来ない?」を推薦させていただきました。
今回はその「補完編」という形で、我々が陥りやすい思考停止の大きな原因である『思い込み』について考えてみたいと思います。
さて、この『思い込み』を辞書で引くと以下のように説明されています。
—————————————-
(1)そうだとばかり信じきっていること。
(2)それ以外にはないと固く心に決めること。
         (大辞林 第二版より)
—————————————-
「今月の一冊」で取り上げたオカルト・超常現象を例に取れば、「幽霊はいるに決まっている」と信じ切っているのが(1)、「(ナスカの地上絵を見て)こんなことができるのは宇宙人がいたからとしか考えられない」と決めつけるのが(2)に該当するでしょう。

ではなぜこうした思い込みを我々はしてしまうのでしょう。
私はそこに『経験への依存』と『権威への依存』、そして『因果関係の短絡化』があると考えます。
『経験への依存』とは、「自分の経験は正しい」と誤認してしまうことです。
「子供の頃本当に河童を見た」ことで河童の存在を主張する人がいますが、それが見間違いか夢を現実と混同しているとしたら、その経験は正しくないのです。
次の『権威への依存』とは、単に有名人というだけで、またはTVなどのメディアで報じられたからという理由で、「これが正しいのだ」と思い込んでしまうケースです。
オカルトではありませんが、『あるある大辞典』の捏造事件を経験しても、まだまだ「TVであの人が言ってたのだから正しいはず」と考える人が多いのはこのためです。
そして『因果関係の短絡化』とは、「同じ事象は原因も同じ」と安直にパターン化してしまうことで、たとえば同じ「金縛りにあった」という経験があり、他者がその時「布団の上に老婆が座っていた」と言えば、「自分の金縛りも霊の仕業に違いない!」と思い込んでしまうような場合です。
この時たとえ他者の経験が事実だとしても、自身の金縛りの経験が単なる体調不良がくるものであれば原因は全く違うのに、です。
具体的なケースでご説明しましょう。
芸能人(多くはお笑い系)が著名(と番組では紹介される)霊能者とともに、心霊スポットを訪ねる、というTV番組の企画は夏になれば必ずあります。
そこでは自縛霊が芸能人に取り憑いてしまい、それを著名(しつこいようですが番組ではそう紹介される)霊能者が除霊する、というシーンがしばしば登場します。
その芸能人は白目をむいたり、時には激しく嘔吐するなど、とても演技では無理だろうという状態にまでなっており、我々は驚き、恐れます。
「本当に霊が取り憑いた!」と。
いや、実際私もそう考えていました(笑)

しかし考えてみてください。
いわく付きの心霊スポットに連れて行かれるだけでも、ちょっと気の弱い人なら極度の緊張とストレスに苛まれるのは必至ですし、さらにそこで「あなたに自縛霊が取り憑こうとしている」と言われて(つまり暗示をかけられて)平常心でいられる人は少ないでしょう。
人間は極度の緊張に晒されると体調もおかしくなります。
私も学生時代、バイクで事故を起こした(対向車が突然右折してきたのですが)時、かすり傷程度で済んだにもかかわらず、路肩に座り込んで猛烈な吐き気に襲われた経験があります。
こうした体調の変化を「霊によるもの」と思い込んでしまうのはいかがなものでしょう。
まずそこには”著名な霊能力者”と”テレビ”への『権威への依存』があります。
また、演出の存在など考えずに「自分が見ていることは正しい(事実だ)」という『経験への依存』、そして他の番組でも同様のシーンを目にしたことから「今回も霊のせい」という『因果関係の短絡化』を行っていると考えられます。

そしてこれはオカルトや超常現象だけの話ではないのです。
過度の『権威への依存』により、肩書きや一般的認知度だけでヒトやモノを判断してしまいます。
その結果、偉い(と言われている)ヒトの意見を鵜呑みにし、若手や少数派の声を軽視しがちになります。
『経験への依存』が進めば、どんなに外部環境が変化しても「自分の経験上、こういう時はこうするのが正しい」と思いがちです。他者の声に耳を傾けることすらしなくなるかもしれません。
そして『因果関係の短絡化』はもっと深刻です。
ビジネス誌の他社事例から「ウチもこれが原因だったのか!」となり、モノマネで全く的外れの課題設定をしてしまったりします。

人間である以上、全ての『思い込み』を排除することは難しいでしょう。
しかし、この『思い込み』が判断力を鈍らせたり、また新しいアイデアが出るのを阻害する要因であることは確かです。
だから少なくとも「自分に思い込みがあるのでは?」と疑うことは必要です。
そしてそのコツが、『権威への依存』と『経験への依存』、そして『因果関係の短絡化』を疑うことだと思うのです。

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