KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

2016年08月19日

「ルール」の本質

残暑お見舞い申し上げます。
シン・ゴジラ、観ましたか?
まだ観てない?
それはいけません。観に行きましょう。
さて、本日はそのゴジラとは全く関係ありません(笑)が、「ルール」というものについて。
「○○してはいけない」から、「○○してもよい」、あるいは「○○しなければならない」まで、私たちの周りには様々なルールがあります。
それは法律のような明文化され、必ず守らなければならない(と一般的に言われている)もの、そして明文化はされていなくても、守ることが「当たり前」とされている暗黙のルールもあります。
ルール、つまり「決まり事」は面倒なものですが、やはり社会の秩序という点で、こうしたルールはなくてはならないものです。
実は先日、この「ルール」について、「確かに!」と思わされることがありました。
それはムスメのこんな言葉から始まったのです。
「今日はお酒飲んじゃダメよ」
rule.jpg






我が家には、こんなルールがあります。
「お酒は、休日と休前日、および飲み会等のイベントの時しか飲んではいけない」


「今日はお酒飲んじゃダメよ」
ムスメがこう言ったこの日は、休日でした。
だからルールに従えば、飲んでもいいはずです。
当然(酒好きの)私は反論します。
はい、我が家の「ルール」を振りかざして。
「え~っ? どうして? 今日は休みじゃん」
そんな私に、ムスメはこう言いました。
「ルールはね、その成立過程、つまり、なぜそのルールができたか、に常に立ち戻るべきなの」
「???」となる私に構わず、ムスメは続けます。
「そもそもなぜこのルールはできたか。それは当然、父ちゃん(私はこう呼ばれています・笑)の健康のためでしょ?」
「ここのところ休みと休前日が続いてる。だから毎日飲んでるよね?」
「そしてそれって健康にいいと思ってる?」
「そもそも健康のために作ったルール、であれば重要なのはルールそのものを守ることではなく、健康を守ることでしょ?」
「だから今日は飲んじゃダメ。はい論破」


………ぐうの音も出ません(汗)
結局この日、私はお酒をあきらめ、緑茶で夕食をとりました。
そしてムスメのこの説得に「確かに!」と思うと同時に、「これってルールの本質だよな」とも思ったのです。

重要なのは「ルールを守ること」そのものではない。
より重視すべきは「ルールがつくられた目的」なのです。

これは何も我が家のルールだけではありません。
たとえば、「歩きスマホはやめよう」も、ひとつのルールです。
では、これは何のためにできたルールなのか?
それはもちろん、「他者に迷惑を掛けないため」であり、「本人も怪我をしないため」です。
であれば、周りに誰もいない、そしてどう見ても安全上問題のない場所であれば、別に目くじらを立てるようなものでもないはずです。
考えてみれば、文庫本読みながら歩く人なんかは昔からいたわけで。
まあ、歩きスマホはやらないに越したことはありませんが。
他の例で言えば、「著作権法」も厳格なルール適用には私は反対です。
この法は、「著作権者の利益を守る」ために作られました。
だからTVで放映されたアニメを録画し、それを動画投稿サイトにアップロードするのはダメです。
後に出すDVDが売れなくなるリスクがありますから。
しかし、ニュース番組なら?
タレントさんの肖像権が関わってくるようなケースは別として、運営サイドにクレームを入れ、投稿された動画を削除して、なんの利益を守ったことになるのでしょう。
いちいちエゴサーチでそうした動画を探し出し、クレームを入れる。
それに要するコストの方が、よっぽど自社の利益を損なっていると思うのは私だけでしょうか?


そしてこれは法律や社会のルールだけではありません。
あなたの会社にも、そして業界にも、様々な明文化されたルール、そして暗黙のルールがあるはずです。
そうしたルールに何の疑問も持たず、なかば「ルールを守ること」を優先している。
それ自体に疑問を持ちましょう。
そもそも何のためにこんなルールがあるのか?
その「ルールの本質」に立ち戻りましょう。
そうすれば必ず何個もの「昔は意味があったが、今や何の意味もない」ルールが見つかるはずです。
そんなルールは…やめればいいのです。

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