ファカルティズ・コラム
2022年06月29日
組織の問題解決をラカンの精神分析アプローチで考える
哲学は全ての学問の祖であり、世の中のすべてのモノゴトを言葉によって説明しようとする試みは、人間にだけ許された知的遊戯とも言えます。
ただ、学問としての「哲学」にはとっつきにくさを覚える方も多いでしょう。
しかし動詞としての「哲学する」ことは、全てのヒトにとって必要です。
では、「哲学する」とは何か。
それは「唯一の正解のない問いに対して手を抜かずに考える」ことです。
私自身は「考える」こと自体が専門領域でもありますから、学問としての哲学、特に構造主義はかなり参考にしてきました。
そこで本日は、その構造主義で外せない人物、ジャック・ラカンについて学ぶ課程で考えたことについてお話ししてみようと思います。
ジャック・ラカンはフランスの精神科医であり哲学者です。
彼は「フロイトに還れ」を合い言葉に自我心理学を批判し、『鏡像段階論』などで独自の心理学理論を展開しましたが、特に私が惹かれたのは『症状』に関する考え方です。
ラカンは「医療と精神分析は、患者を治すという点に関しては類似する活動だが、『症状』のとらえ方は決定的に異なる」と言いました。
もちろんこのふたつの行為は治す対象が「カラダなのかココロなのか」という点が異なりますが、ラカンはそれだけでなく『症状』に着目したわけです。
ラカンの主張を私なりにまとめると以下のようになります。
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医療の現場で患者が訴える『症状』(たとえば痛みや熱など)は、ある病の表出である。
しかし精神分析の現場で患者が訴える『症状』(たとえば自傷や過食など)は、患者個人が抱える問題の解決策なのだ。
アル中患者の飲酒、そして自傷行為や過食など患者が「やめたい」と精神科医に訴える『症状』は、「それをやることで何かが救われる」からやるのであって、単にやめさせるだけでは何の解決にもならない。
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『症状』を『問題解決策』ととらえる。
これは私にとっては目から鱗でした。
まあ、医療においても下痢のような症状は「有毒物質の排出」という場合もあり、これも問題解決策なわけですが、とにかく私にとっては「とらえ方を変えられた」ことが発見だったのです。
さて、私は別に「ね、ラカンってすごいでしょ?」とか「これって面白いよね?」と言いたいわけではありません。
この『症状=問題解決策』という精神分析のアプローチは、「私たちの仕事に応用できるのでは?」と言いたいのです。
精神分析を受ける個々の患者の『症状』は「それをやらざるを得ない」(しばしば患者自身も気づいていない)原因がある。
その原因は過去の体験に隠れている。
上記の文章の『患者』を『組織』に置き換えてみてください。
それでも文章として成立しませんか?
組織的な違法・脱法行為、たとえば賞味期限の偽装や粉飾決算などを組織の『症状』と位置づける。
また蔓延するサボタージュやコミュニケーションの不全なども『症状』と考えてみる。(そういえば「不全」という言葉自体が医療用語としてもよく使われますね)
こうした様々な症状に対して、「偽装はやるな」とか「もっと報連想を心がけろ」と言い、場合によってはペナルティを課すことで、これらの問題は解決するのでしょうか?
一時的には症状は治まっても、いずれまた再発する危険性は高いはずです。
そう、単にアル中患者をお酒から一定期間遠ざけただけでは、また飲み始めてしまうように。
だからあえたこうした症状を『問題解決策』ととらえてみる。そしてたとえば…
◆賞味期限を偽装することの好影響を因果関係で考えてみる。
◆粉飾決算をすることでどんな問題が解決されるのかを調べてみる。
◆仕事をサボる(手を抜く)ことで、逆に得られるものはなんなのかを分析する。
◆上司に報告しないことのメリットを徹底的に洗い出してみる。
これをやってみることで、組織自身も気づいていなかった問題の原因、つまり「問題解決策としての症状を引き起こさざるを得なかった」具体的事実が見えてくるように思うのです。
さて、精神分析においては、こうした「問題解決策としての症状が発症するきっかけ」は、患者と精神科医の間の対話によって見つけようとします。
ラカンの言うように、「言語活動を通してしかそれは見つけられない」からです。
組織の精神分析的アプローチにおいても、必要となるのは同じです。
だれかひとりが分析するだけでは、組織の問題解決策としての症状が発症したきっかけはわかるはずもありません。
分析家と組織構成員との数多くの対話を通してこれは行うべきものでしょう。
そこで必要となるのはファシリテーションスキル、いやカウンセリングスキルかもしれません。
また、ワールドカフェなどの手法も有効でしょう。
いずれリアルなコンサルティングの案件で、私もトライしてみたいと考えています。
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