KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

ファカルティズ・コラム

2008年12月05日

その技術は誰のために?

本年7月の金融庁の発表によると、金融機関におけるキャッシュカードの生体認証(指紋・虹彩・血管の形などによる個人識別)システムは、対応ATMの普及率が33.2%で、カードそのものは3.1%だそうです。
このデータから、皆さんは何を考えますか?
「へえ、端末は意外と普及してるんだ」と思われたかもしれません。
「カードの普及は・・・こんなものなんじゃないの?」と考えられた方もいるでしょう。
本件、金融庁としては「カードの普及が遅れているとはどういうことだ!」というスタンスのようです。
そしてカードの普及が進まない原因には、「ユーザーのセキュリティに対する意識が低い」という見解を示しています。
様々な犯罪にキャッシュカードが悪用されているにも関わらず、「自分は大丈夫」と考えている。
そのために一生変わらない、そして他人は誰も使えないパスワードを提供する生体認証システムの普及を進めてきた。
それなのになんだこのカード普及率は?
国民のセキュリティに対する意識が低すぎる!
さて皆さん、この論理展開に納得できますか?
できないですよね。論理に穴がいくつもあるし、論理の飛躍もあるし。
まあ、「上から目線が気に入らないから」という方もいるかもしれませんが(笑)
ではいつものように(笑)
「分けて」考えてみましょうか。

このデータから問題を定義するなら、
「生体認証カードの普及が進まない」でいいでしょう。
さて、この原因は「新規契約者の利用率が低い?」と「従来カード利用者の切り替え率が低い?」に分けて考えることができます。
もちろん別の分け方、つまり切り口もありますが、この分け方でモレ・ダブリはないはずです。
これ以降を同様に分けていくと、以下のようなツリー構造になります。
————————————————————–
◇新規契約者の利用率が低い?
  ●金融機関が積極的でない?
    ・コストがかかるから?
    ・対応端末が少ないから?
  ●契約者が嫌がる?
    ・生体情報の登録が面倒くさいから?
    ・別のリスクを気にしているから?
◇従来カード利用者の切り替え率が低い?
  ●存在を知らない人が多い?
    ・金融機関の周知が足りない?
    ・國や自治体での周知が足りない?
  ●知っていても使わない人が多い?
    ・必要性を感じていない?
    ・切り替えが面倒くさい?
————————————————————–
どうでしょう。
こうして段階的に分けることで、生体認証カードが普及していない様々な原因が見えてきます。
そうすると、単純に「ユーザーのセキュリティに対する意識が低い」と考えてしまうのは危険であることがわかるはずです。
生体認証という「技術があるからどこかで使う」という考えにも問題がありそうです。
確かに生体認証カードは、ユーザーにとって「自分を守る」というメリットがあります。
しかし「面倒くさい」というデメリットがあるのも事実。
このメリットとデメリットを天秤にかけ、メリットが大きいと感じた時に初めてユーザーはそれを採用します。
たとえ現実にメリットが大きくても、それを「認識させる」ことができなければ、それはサプライヤー(この場合は金融庁や金融機関)の情報提供に問題があるはず。
安易にユーザーのせいにする前に、こうしてちゃんと分析すべきでしょう。
さて、今回は生体認証カードの普及率について考えたわけですが、これはあくまでも一例。
私が一番言いたいのは、こうして「分けて考える」ことの重要性です。
今後もこのブログでは、こうしてしつこく実例を挙げて考えてみたいと思います。
皆さんも様々なケースでやってみてください。
間違いなく、良い論理思考のトレーニングになりますから。

メルマガ
登録

メルマガ
登録