KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

学びの体験記

2007年02月13日

飽きっぽくて,何が悪い

古谷知之
慶應義塾大学 環境情報学部 専任講師

今回,「学究職の立場から学びやキャリアをテーマにしたエッセイを書いてください」とお願いされたのですが,私の場合,大学人になろうと思ったきっかけは,漫画「MASTERキートン」(浦沢直樹・勝鹿北星著)に影響されただけですので,このコーナーの執筆者として相応しいかどうか…


多くの大学人は,学部卒業後に,修士課程・博士課程を経て学位取得後,助手(或いはポスドク研究員),講師,助教授,教授というアカデミック・キャリアを積みます.私もほぼ同様のキャリアを歩んできて,現在は専任講師というポジションにいます.学位を取得してもなかなか希望する就職先が見つからないことが多い現在の状況では,恵まれたキャリア・パスだったと思います.
日本では,学部と大学院を同じ研究室で過ごすことが,まだまだ一般的です.しかし私の場合は,学部(慶應SFC)・修士課程(東大院総合文化研究科)・博士課程(東大院工学系研究科)を全て異なる研究室で過ごしました.悲しいことに,「飽きっぽいやつだ」「一つの研究室になじめないやつだ」と批判されることも少なくありません.私は逆に,異なった研究環境でも生きていく(研究成果を出せたかどうかは自信ありませんが)サバイバル能力も,一つの才能だと考えていますので,自分の学生などには他大学への進学など,他流試合を積極的に勧めています.反面,いくつもの研究室を渡り歩くと言うことは,短期間で成果を上げることが出来る研究テーマに限定されやすいという短所も持ち合わせています.
この業界にいると,「専門は何ですか」と聞かれることが多いわけですが,答えるのに苦労することもたびたびです.「ヤバい経済学」の著者ではありませんが,統一したテーマがあるような,ないような,という感じでしょうか.強いて言えば,空間的に都市・地域・国土を対象としたモビリティ(交通や観光など)をテーマにして,まちづくり・政策立案や分析方法論(空間統計学など)の開発と応用に取り組んできました.現在は,ベイズ・アプローチの政策分析への適用に関心を持っていますが,なかなか思うようにはかどりません.偉い先生や同僚などからは,「色んなテーマに取り組みすぎ」などといった批判を頂くことも多いです.方法論に研究の重点を置く身としては,分析対象となるテーマ自体には,余りこだわりがないのも事実です.
このように,余り物事にこだわらないためか(学者としてはあまり褒められた性格ではないかもしれませんが),ビジネスパーソンの方々と比較して,自身のキャリアデザイン能力やセルフ・プロデュース能力が劣っていると,つくづく感じます.指導教官もこの点を危惧してくださったのか,大学院と助手時代を過ごした東大から古巣の慶應SFCに移籍する際,「これまでの研究キャリアも大事だが,新しい職場・学会・実業界全体を見渡して,自分をどのような立場に位置づけたいか,将来どのように振舞いたいかを見据えて,研究・教育活動をするように」とのアドバイスを頂きました.とても的確なご助言だったと思いますが,いまだに恩師のご期待にそえるような成果をだすことは出来ていません.
さて,日本の大学院入試のマーケットは夏休み前後に開かれる場合が多いため,春先の願書・研究計画書提出に向けて,今から大学院入試の準備を始められるビジネスパーソンも少なくないのではないでしょうか.私自身もここ数年,自分と同年或いは年上の社会人院生を指導することが少なくありません.そうした社会人経験を持つ院生のキャリアや学びについて考える機会も多く,この場をお借りして少し書かせていただきたいと思います.
社会人大学院生の方々には,是非,過去の社会人経験や実績を捨てて,新しいテーマに取り組んでいただきたいと思います.「捨てて」とは少し過激な表現ですが,研究の視野を狭めないためにも,過去にとらわれずに研究に取り組む気概も必要です.また,単に「自分が研究したいテーマ」に取り組むことを考えるのではなく,「自分が取り組まなくてはならない(自分にしか取り組めない)テーマ」を見つけていただきたいのです.そのためには,是非とも,「10年後に何がしたいか,それに向けてご自身がどのような戦略をもっているのか」を,将来の指導教官や入試面接で,しっかりとアピールしてほしいものです.
かつて研究室の先輩に,「(修士の学位はともかく)博士号は『足裏についた米粒』と同じだ.取らないと気持ち悪いが,取っても食える(生活できる)ものではない」と言われたことがあります.しかし,過去の実績などにこだわらず,新しい研究成果を挙げることができれば,『足裏についた米粒』ではなく,『田んぼでたわわに実る稲穂』になるかもしれません.「こだわらない」「飽きやすい」ということは,大学生活を送る上で,実は重要な要素かもしれません.ちょっとこじつけかも知れませんけど.

慶應義塾大学環境情報学部 古谷知之研究室 http://web.sfc.keio.ac.jp/~maunz/wiki/

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