KEIO MCC

慶應丸の内シティキャンパス慶應MCCは慶應義塾の社会人教育機関です

夕学レポート

2006年10月25日

「意識」が脳を活性化する 池谷裕二さん

池谷祐二先生は今年36歳。
大学の先生というよりは、白衣を着て顕微鏡を覗いている姿の方がしっくりときそうな、爽やかで礼儀正しい青年です。それでいて、脳科学者らしく、聴衆のシータ波(これは後述します)を刺激するための豊富なスライドを用意した素晴らしいプレゼンテーションは、科学者の新しい姿を予見させてくれるのに十分なものでした。
脳を知ることは、我々の「無意識」を知ることに他ならないそうです。 
脳の働きのほとんどは、我々が無意識に行う思考や行動に反映されており、「無意識の大海原にこそ脳の真の活動潜んでいる」とのこと。逆説的にいえば、意識が表に立ちあわれる時にこそ、脳に新たな回路を埋め込むチャンスがあり、無意識の世界に意識を注入することが脳を成長させる唯一絶対の道なのだということを学ぶことができた講演でした。


池谷先生は、無意識の世界で起きている脳の意外な働きについて、いくつもの事例をもとに説明してくれました。
例えば「脳のデフォルメ機能」です。北斎の富嶽三十六景にみられるように、私たちは富士山の形を縦長の円錐形として認識しがちですが、実際の富士山は、裾野が広い押しつぶされた形の円錐形をしています。これは脳が対象物の特徴を極端にデフォルメして記憶しているからだそうです。
また、「脳の解釈機能」というのもあります。
よく研修などで使われる錯視図形のひとつに、同じ長さの直線が配置や補助線の形によって長短が違ってみえるというものがあります。
これは遠近法の働きによって起きるもので、遠くにあるものをより大きく見ようという補正解釈が脳におきている証左だそうです。
更には「脳の補完機能」というものもあります。
人間の視覚というのは精度が低く、視覚の真ん中にあるものしか色の識別ができません。ところが視覚全体にわたって色彩を認識できる(と感じる)のは、脳の記憶が残りの部分の色彩情報を補完しているからだとか。脳には本来は見えないものを見えるように感じさせてくれる情報補完機能があるというわけです。
極めつけは「脳のあいまい性」です。
“百舌の速贄”に見られるように下等動物は記憶力が悪いように見えるのは、実は記憶が正確すぎて、100%再現されていなければ同じものという認識ができないからだそうです。いわばデジタル記憶とでもいいましょうか。
ところが人間は、多少の変化が生じていても「これはきっと同じものだ」という、いい加減な認識をします。言うならばアナログ的でしょうか。
一般的にはデジタルの方がアナログより優れているように思いますが、実際に生物が生存していくうえにおいては真逆で、人間の脳は、いい加減だからこそ、年齢の違い、服装の変化、季節の移り変わり等を越えて人や場所を識別することができます。
スペル一字を間違えばID認証やメールは不着ですが、多少のくせ字や誤字にこだわらずに読み解いてくれる人間の方が、実生活上でも便利なことは我々が実感を持って知っていることです。
脳の意外な働きは、百万年の歴史を重ねてきた人類が獲得した「生き抜く力」といえるのかもしれません。
さて、かような意味を持つ無意識下の脳の働きですが、わずかな情報から全体を推察するという点で効率的な利点をもつ一方で、「無意識」であるがゆえに、時代の変化やパラダイムシフト対応するには不向きな性格をもっています。固定観念にとらわれたり、発想の枠組みを規定されたりする弊害もあるわけです。
では、どうすればよいのか。池谷先生は、その時こそ「意識」を刺激することだと言います。
先生の専門でもある記憶のコントロールタワー“海馬”は、人間の学習能力を司ることが分かっていますが、海馬の働きが促進される=学習能力が刺激されると「シーター波」と呼ばれる脳波が発現されるのだそうです。
「シーター波」の有無は記憶力に強い影響を及ぼし、加齢による記憶力の低下を補って余りあることが実証されています。
そして「シータ波」は、新しいモノ・コト・場所を体験した時、身体を動かしている時に強くなることが分かっているそうです。
つまり、いつになっても好奇心を失わず、新しいモノ・コト・場所に興味を持ち、行動力が豊かな人は、海馬に「シータ波」が発生し、学習能力も高まるのだそうです。これこそ「意識」の作用に他なりません。
「意識が表に立ちあわれる時にこそ、脳に新たな回路を埋め込むチャンスがあり、無意識の世界に意識を注入することで脳を成長させることができる」
脳を知り、脳を活かす道がこの言葉に集約されています。

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